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◆邪神ゲイエルウッドの贄(3)


バスカークは癖が強くて、収まりの悪い赤毛と深緑色の瞳を持つ、体格の良い騎士である。
年齢は二十代半ばで大剣を得意とするパワー型の騎士だ。
上級の炎の印と大剣で、勢いのある攻撃を得意とする彼は若手騎士の代表格であり、次代のディンガル騎士団を担う一人となるだろうと言われている。
そんな彼は両親もディンガル騎士という生粋の騎士団育ちだ。
そのおかげで彼は騎士団の上層部にも覚えがいい。引退した彼の両親もディンガルのよき騎士だったため、世話になった者たちが多いのだ。

『バスカーク、ガイストは近衛に行くと思うか?』
『行かねえんじゃねえかな、あいつ人見知り激しいから』
『それは助かる。ガイストに抜けられると痛いからな』

先ほど、上司と交わした会話を思い出し、バスカークは内心ため息をついた。
単純に出世だけを考えれば近衛に行った方がいいのだ。
国内一の強さを誇る近衛軍はエリート軍だ。出撃率が高い故に、死亡率が高いディンガルよりずっと待遇もいい。国王直属部隊であるため、給与もディンガルより上のはずだ。
おまけに相方は紫竜の使い手だと判った。正式な騎士となって一年も経たぬうちに隊長位へ上がり、その後も功績を重ねているという若手騎士の噂はディンガルまで届いている。そんな有望な人物と一緒にいられるのならば、ガイストの身も保証されたようなものだ。行った方がいいに決まっている。
しかし、行くということは必然的にバスカークとも離れることを意味する。

『俺、絶対に行かないよ』

そう言い切った無口な友を思い出す。
真面目で無口なガイストは無表情でもある。
短い黒髪と茶色の瞳を持つガイストは容姿の良い騎士だが、その素性と無口無表情さから、何を考えているのか判らないと評されがちだ。
しかし、実際の中身は単純で、仕事のことぐらいしか考えていない。後は他者に深く関わらないようにしているだけだ。
彼は他人と係わらないがために他人のことを考えないようにしていることが多い。人に避けられ、嫌われ続けてきた人生故に身についた、自己防衛による性格なのだ。
哀れだとも気の毒だとも思う。
しかし、それが彼の背負った運命だ。彼の罪ではないとしても。
バスカークとしては彼を助け、生きてやることしかできない。たとえ彼がどんな道を選んだとしても。
それが地の底へ続く道だろうとバスカークは共に歩むつもりでいる。

「おい、バル!」

少し掠れた声で愛称を呼ばれ、バスカークは振り返った。中年の騎士がゆっくりと歩いてくるところだった。
ヴィクターという名の彼は40歳近くの小柄な騎士だ。
170cmちょっとの騎士としては小柄な体格で無精髭を生やした彼は、着崩した騎士服といい、ぼさぼさの頭といい、騎士というより傭兵に見える。
しかし、ヴィクターは確かな実績を持つディンガルの中堅騎士だ。彼は頭が良く、巧みな用兵を得意としている。

「将軍いたか?」
「いらっしゃいましたよ。報告ですか?」
「あぁガルバドスからの報告が届いた。近々来るぞ」
「またッスか。信頼性は?」

当然といえば当然だが、ディンガル騎士団は常にガルバドス国の動きを警戒している。
潜ませているスパイからの定時連絡等を受け取っているのだ。
ただし、その情報も様々であり、信頼できるものもあれば、そうでないものがある。
それらの情報から信憑性あるものを選び、真偽を調べるのも彼ら騎士の仕事だ。

「今回はマジというか、信頼できる。『黒き盾』からの情報なんでな」
「うぉ、そいつはすごい。会ったんですか?」
「あぁ」

連中に呼び出されたとぼやく彼はディンガル騎士団と『黒き盾』の繋ぎをしていることが多い。

『黒き盾』はディンガル地方を中心に活動している傭兵三人組だ。
一人一人が将軍職クラスの強さを誇り、三人でディンガル騎士団の秘宝『ガルダンディーア』を使えるため、ディンガルの神々に愛されているのだろうと言われている。
どの勢力にも属さないことや明らかに普通の品ではない大きな黒い盾を持っていることなど、謎が多い三人組でもある。そもそもガルダンディーア自体、本来はディンガル騎士しか扱えぬ品なのだ。
彼らが、『知らないはずのことを知っている』ことはよくあることだという。
本来はこれほど謎だらけの相手を信頼することなどないのだが、『黒き盾』だけは別だ。
彼らはいつもディンガル騎士団のために動いてくれる。
そして金に拘らず、雇っていない時でも戦ってくれることがある。
何より『ガルダンディーア』に愛されている。
謎が多いが、ディンガル騎士団の心強い味方であることは確かなのだ。

「オルスは元気でした?」
「相変わらずオルスが好きだな、お前。三人ともぴんぴんしてたぞ」
「それはよかった。俺も会いたいな」
「そういや、ガイストに伝言を受けたぞ、お前伝えておけ」
「ガイストに?」
「あぁ。紫竜の使い手を信じろ、だそうだ」
「ガイストの運命の相手のことまで知られているのか…。ほんっとに謎が多いな、あいつら。一体どこまで知られているんだか…」

発表されるはずのない、個人的事情まで知られているとは、驚かずにいられない。

「さあな?だが味方だからかまわん。それより戦いの準備をしなきゃいけねえぞ」
「ですね」

(信じるのは構わねえが、ガイストを近衛に取られたくねえなあ)

将軍らも同じだ。貴重な戦力であるガイストを渡したくないようだ。
自分は嫌われていると思いこんでいるガイストだが、実際の所、彼の素性を気にしているものは殆どいない。完全実力主義で傭兵気質の高いディンガル騎士団は、出生時の事情など気に留めない者が殆どなのだ。
そして真面目にコツコツと仕事をこなすガイストは周囲に信頼されている。それだけの実績を彼は重ねてきたのだ。今、騎士団内部で彼に近衛へ移ってほしいなどと思っているものは殆どいないだろう。

『俺はここにいたいんだ、バル』
(俺もここにいてほしいと思ってるぜ、ガイスト)