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◆邪神ゲイエルウッドの贄(2)


軍事大国ガルバドスの王都。
壮大な軍総本部の大会議室に八人の将が集まっていた。
重厚な黒い円卓の上に置かれた紙は五枚。すべて折りたたまれている。
次々に伸ばされる手を見つつ、アスターは最後に残された紙を取った。
開いた紙には無造作に「1」と書かれており、アスターは片手で目を覆いつつ、天井を仰いだ。

「1だ」

ひらりと紙を見せつつ、ため息混じりに他の者たちへ告げる。
会議場に集まった他の黒将軍たちはうらやましげな顔を見せた。

「アスターが先発隊か。残り物に福があったようだな、おめでとう」

全部で八人の黒将軍。
前回の作戦でウェリスタ側に出陣した二名の黒将軍ゼスタとレンディ、そして知将であるノースを除く五人で今回の出陣メンバーを決めることになっていた。当たりは二名だ。

「後発隊の2は誰が?」

手を挙げたのはギルフォード黒将軍である。

「アスターとギルフォードか」
「おめでとう」
「幸運だったな。勝利を祈る」

将軍たちにとって出陣は戦功をたてるチャンスだ。特に先発隊は喜ばしいものとして受け止められる。

(全くありがたくねーんだがなぁ。しょうがねえか)

先日、自分の担当する地を取り戻すための戦いを行ったばかりで、あまり間も空いていない。
別に行きたくなどなかった変わり者の将軍アスターは小さくため息をついたのだった。


++++++++++


アスターは新参者の将軍である。
彼は他の将軍たちに戦力は足りているのかと問われ、思案顔になった。

「何とか。将軍位がやや心許ないな」

アスターの前任者であるホルグ将軍が死んだ戦いでは将軍位の死者が多かった。
そのため、その軍を引き継いだアスターの軍は将軍位が不足しているのだ。

「ふむ。では貸そうか?」
「暴れたがっている者もいるし、貸せるぞ」

今回出陣しない黒将軍たちはアスターに好意的だ。アスターは人に嫌われにくい人物なのである。

「あー、それじゃお言葉に甘えて、シグルド青将軍とカーク青将軍をお借りしたい」

会話の流れを無言で聞いていたレンディとノースは軽く顔を引きつらせた。
シグルドとカークは青将軍の中でもトップクラスの腕と戦功の持ち主だ。そして彼ら二人はそれぞれレンディとノースの側近だ。
レンディとノースは側近を貸し出すとは一言も言っていない。そして通常は、側近中の側近は名指ししない。黒将軍の右腕ともいうべき存在を他に貸し出したりはしないからだ。
つまり、通常は遠慮して名指ししないのだが、アスターはそういったことを考えなかったらしい。

「シグルドとカークを希望!?」
「ほぅ…面白い」
「フフフ、面白いこと!あのじゃじゃ馬たちを貴方に扱えるかしらね?」
「カークを借りたとき、部下を誘惑された…」
「うーむ、腕の良さは認めるが、余計な火種になりかねんぞ、あやつらは。悪いことは言わん、止めておけ」

他の将軍たちも賛否両論であるらしい。
アスターは軽く顎をさすりつつ首をかしげた。

「や、今回もウェリスタ戦は陽動の意味合いが強いじゃないスか。北のホールドス戦が本命だし。けど、うちの軍って新隊じゃないですか。功績がない上、名の知られた将がいない。このままじゃあまりに地味なんスよね」

陽動だと気づかれぬようにするため、有名な将が借りたい、と言外に告げたアスターに他の将軍たちは納得顔になった。

「できればシグルドはアグレスとセットで借りたいんだけど…」

更に贅沢なことを言い始めたアスターに、側近を両方とも貸せと言われたも同然のレンディはがっくりと肩を落とした。
彼はアスターに甘い。しかしさすがのレンディも側近を二人とも貸し出すのは躊躇いがある。シグルドとアグレスの戦力はレンディにとってもかなり大きいのだ。

「なぁレンディ…ダメかなぁ…?借りられるとすっげえ助かるんだけどよ〜」

当人が自覚しているのかいないのか、すっかりおねだり声のアスターにレンディは陥落した。アスターは滅多に甘えてこない。それだけにレンディには強烈な威力を発揮するのだ。

「判った、いいよ…」
「やった!ありがとなー、坊っ」

嬉しげにレンディの肩に腕を回すアスターの様子を見つつ、周囲の黒将軍は視線を交わした。

『すごいな、おい』
『あのレンディが負けたか』
『ふむ…』
『貸し出された二人が何というか見物だねえ』

そんな声なき声の視線が周囲の将軍らで飛び交う中、知将ノースは手元の書類に視線を落としつつ、素っ気なく告げた。

「決定だね。そっちは本命の戦いでもないし、陽動用のお飾りならその二人で十分だろう。カークはださないよ」

自分の側近はしっかり手元に残したノースであった。