文字サイズ

◆邪神ゲイエルウッドの贄


邪神と呼ばれる存在がある。
ゲイエルウッドとレイゲルガイムと呼ばれる二神が代表的な邪神だ。
赤子の血肉を好み、生け贄を代償にその願いを叶えてくれるという邪神は、いつの時代も信仰する者が絶えぬ神々だ。

憎しみ、恨み、欲望といった感情は常に人の世に溢れている。
そうして判りやすい代償を引き替えにその願いを叶えてくれる邪神は、そういった感情に囚われた人々を惹き付けるのだ。
そうして無垢なる赤子が犠牲になる。
奇跡的に生き残った赤子は『邪神の愛し子』と呼ばれ、邪神の寵愛を受けし者として生きることとなる。

ガイストはディンガル騎士団の騎士で『邪神の愛し子』である。
亡くなった両親が邪神を信仰していたのだ。
両親は、ガイストが赤ん坊の頃に亡くなったので、何を求めて邪神を信仰していたのか判らない。
判っているのは、己が邪神の生け贄とされたこと。そして奇跡的に生き残った為に邪神の愛し子と呼ばれていることだけだ。
儀式の最中に踏み込んできた騎士たちにより、両親は捕らえられ、ガイストは保護された。
孤児となったガイストは本来、孤児院に預けられるはずだったが、『邪神の愛し子』になった赤子を引き取ることを孤児院は躊躇った。
孤児院に拒否されたガイストはディンガル騎士団の騎士の家に引き取られた。
赤ん坊に罪はない。邪神が来たって退治してやると言い切って、豪快に笑う義理の両親にガイストは深く感謝している。この二人に引き取られたおかげで歪まずに胸を張って生きることができたからだ。
二人には実子がいて、それがバスカークだ。
一歳年上のバスカークとは双子のように育った。今でも非常に仲がいい。
出生の事情が事情であるため、ガイストはあまり深く他者と係わらない。家族であるバスカークとその両親だけが別で、特別な存在なのだ。
過去も今も、そして今後もガイストは他者と深く関わる気はない。どれほどバスカークたちがお前に罪はないと言ってくれようと、己の身が『邪神の愛し子』と呼ばれる身であるのは事実なのだ。このことによって、接した相手が不幸にならないとも限らない。極力そういう危険は避けるべきなのだと思っている。
家族以外とは深く関わらない。
そう決意しているガイストであったが、彼の元に思わぬ事実がもたらされたのは、騎士団からであった。

(運命の相手…。それも紫竜の使い手…?)

邪神に愛された自分とは正反対のように、紫竜という輝かしい存在に選ばれた人物。それが自分の運命の相手だという。

(俺が相手だなんて、そんなこと、紫竜が許すはずがない)

邪神に愛された男と接することを紫竜が許すとも思えない。
たとえ許したとしても、ガイストは紫竜の使い手と接する気はない。相手に何か不幸なことが起きたら大変だからだ。この身と接することで相手の身を汚してしまうかもしれないのだ。

『運命の相手か。よかったな!』

バスカークはそう言って笑ってくれた。それはそうだろう。運命の相手は結婚相手になることが多い。そして相手と深く結びつけば、印を強化することができる。騎士としては運命の相手が見つかるというのは良きことなのだ。

(けど、バル。俺はアンタの為に生きたいんだ)

近所の子に苛められそうになったときも、仲間はずれにされたときも見捨てることなく助けてくれた義理の兄。正義感が強くて明るくカラッとした性格は騎士団でも人気者だ。
彼と両親のおかげで生きてこられたと言っても過言ではないとガイストは思っている。
彼のために生きたい。恩を返したい。
きっと自分は早死するだろう。邪神に愛された身で長生きできるとは思っていない。
けれどの死ぬときはバスカークと家族のために死にたい。少しでも恩を返したいと思っている。
だから運命の相手と接する気も、ディンガルを離れる気もないガイストだ。

(俺の運命の相手だなんて、不幸だったな、スティール。すまない…せめてこれ以上の不幸をアンタに移してしまわぬようにアンタの幸運を祈る)

ガイストは心の中で新たな運命の相手に謝罪し、祈った。