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◆黒き火蜥蜴の鎚(16)


戦いは完全な敗北であった。
砦に籠城していた侯爵は即死のようだ。…というのも砦は完全に破壊されており、ガレキの中だ。捜索に戻る余裕もなくただ、撤退することしかできなかった。
砦を破壊することで砦自体を無力化させたガルバドス軍は、狼狽えるウェリスタ軍の隙を見逃さず一斉攻撃を仕掛けてきた。ウェリスタ軍は被害を拡大させぬよう、撤退することしかできなかった。

「あー……王都に戻るのが億劫だな」

野営中、たき火を取り囲んでの隊長位による反省会が終わり、コーザはぼやいた。
たった一日の敗戦だ。さすがにコーザも気が重いらしく、落ち込んでいる。
ガルバドス軍は深追いしてこなかった。やはり支配下においていた領土を取り戻すことが目的だったらしい。引き際も鮮やかで隊の動きは統率が取れていた。

「新たな将軍は見事な頭脳の主のようだ。さすがにカーク、シグルド、アグレスをさしおいて黒将軍に上がっただけのことはある」
「そうですか…」
「殆ど被害を与えることができなかった。目立った攻撃力はないものの、強いぞ、アスター軍は」
「印を使う前にことごとく潰される」
「白兵戦においては相当な実力があるな」

特に印使いとは最悪の相性だとコーザ。

「だからうちとは最悪だったわけですか」
「そうだ。第四軍との相性がよさそうだな。あの軍は白兵戦に強い」

第四軍ディ・オンの軍は白兵戦に強い。長であるディ・オン自身、白兵戦に強く、負け知らずを誇る。
ディ・オンであればアスター黒将軍に勝てるだろうか、とスティールは思った。
そこへラグディスがやってきた。彼はコーザに一礼し、スティールを振り返った。

「カイザードが呼んでるぞ。救護隊にいる」
「はいっ」

すでに会議は終わっているため、スティールは他の隊長らに挨拶をすると、救護隊へ向かった。
カイザードは他の負傷者と共に天幕内部で眠っていた。顔色が悪いのは出血のためだろう。スティールは胸が痛んだ。騎士として負傷の可能性があるのは当然だが、やはり好きな相手が怪我をしているのを見るのはつらい。
ソッと顔にかかった髪を払うとカイザードが瞼を開いた。

「スティールか?」
「はい」
「戦場で助けられたな。礼を言わねえと、と思ってな」

本来は自分から出向くべきだがまだ動けないからというカイザードにスティールは首を横に振った。戦場で助けたり助けられたりは当然だ。礼など言われなくても気にしない。

「おかげで敵を倒せた。お前が印を発動させようとしているのが判ったからな。チャンスを作れた」

カイザードは戦場で赤将軍を足止めし、倒した。
首までは取れなかったが、倒したところを大隊長であるコーザが見ている。功績となるだろう。

「出世したいんだ。お前に追いついて追い抜きたい。将軍位まで上がりたいんだ」
「はい…」
「見てろよ」
「え?」
「俺を見ていろ。それだけでいい」
「はい」

遠い彼方の目標を見据えて、駆け上がろうとするカイザードの姿勢が眩しく美しく感じられる。
ぎゅっと握られた手の強さと熱さにカイザードの想いが感じられ、スティールは今の現実を思った。
別れたくなかったなと思う。やはりカイザードが好きだと思う。今も又、好きになった。未練たらたらな自分が情けない。
自分は今、何が出来ているだろうか。
カイザードのような明確な目標もなく、ただ周囲にフォローされるがままに戦場に立っている自分は。
それでもカイザードやラーディンを守っていきたいという想いだけは軍人になったときから変わりがない。

「俺は貴方を守りたいです…」
「バーカ」
「え?」
「俺も同じなんだ、判れよ」

俺だってお前を守りたいんだというカイザードにスティールは言葉に詰まった。
守ることばかり考えていて、相手の思いは考えていなかった。
守ってくれるというカイザードの想いが暖かく、つらい。
運命の絆は無くなってしまったが、別の絆を生み出すことはできるだろうか。