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◆黒き火蜥蜴の鎚(15)


パタタタと羽根が動く音が響く。
手のひらサイズの小竜は己の何十倍もあるコーザを子猫のようにくわえて、空中に浮かんでいる。

「おい、ドゥルーガ。助けてもらったのはありがたいが、そろそろ降ろしてくれ…」

コーザの言葉に、小竜は遠慮無く、ボトッと地面に落とした。

「イタタ…もうちょっと優しく降ろしてくれ。まぁ助かった。ありがとな」
「コーザ!先輩!大丈夫ですか?」
「あぁ、何とか首はあるぜ」

スティールはカイザードが武器を持っていないことに気づき、自分の剣を鞘ごと放り投げた。

「おい、スティール!」
「俺にはドゥルーガがいますから、それを使ってください。どうせ戦場では剣を使ったことはありません」
「そいつは問題発言だぞ、スティール…」

あきれ顔でコーザが突っ込む。
スティールはドゥルーガが緊張を解いていないことに気づいていた。スティールのやや前方で更に前方を見つめている。さきほど技を放った方角だ。

「コーザ、カイザード、後ろへ。オルナンのところへ退いていてください」

すぐにコーザも気づいたのだろう。スティールが見ている方角を見遣る。

「生き残りか?」
「かもしれません。後ろへ。庇う余裕はありません」

正直に告げたスティールにコーザは苦笑した。
コーザとカイザードはそれぞれ傷を負っている。満足に動ける状態ではない。
そしてコーザは大隊を指揮する身だ。

「すまん、頼んだぞ。行くぞ、カイザード」
「…スティール!……っ、死ぬなよ!!」
「はい。…貴方を守れてよかったです」

泣きそうな顔になったカイザードを引っ張るようにコーザが後方へ退いていく。
カイザードの隊は大きな被害を受けたようだが、コーザが一緒ならば心配はいらないだろう。この後方ではスティールの隊を副官のオルナンが守ってくれているはずだ。合流できるだろう。

さぁ来るか、そう思っていたスティールの前で想像もしていなかった光景が目に入った。
視界の後方に見えていた砦が大きく崩れ落ちたのだ。

「…え!?」

まるで内部から爆破されたかのように大きく崩れ落ちていく様は、地震の直撃を受けたかのようだ。呆然とするスティールの前方で小竜が呟く。

「大胆な手に出たな。敵ごと砦をぶち壊すか」
「ドゥルーガ…」
「印の発動は感じなかった。恐らく敵に奪われたときは丸ごと破壊できるよう設計していたのだろう。元々作ったのは敵将だというからな。なかなかの良策だ。味方に被害を出さずに敵の拠点を落とすことが出来る」
「けど、砦は…!」
「元々、砦を重視していなかったんじゃないか?」
「え?」
「ガルバドス国はどんどん国土を広げている、勢いのある国だ。この地方も国土の一つとしか思っていないのかもしれない。恐らくまた侵略してくるつもりだろう。この地方も取られたから取り返すぐらいにしか考えていないのかもしれないぞ。守りに入ることは考えてなさそうだ」

でなければこれほど簡単に破壊はしないだろう、とドゥルーガ。
味方には動揺が広がっている。目的は砦に籠城している侯爵を救うことだったのだ。それが目の前で砦ごと爆破されてしまったのだから、目的が失われてしまったのだ。

「スティール!撤退するぞ!」

そこへコーザの声が飛んできた。さすがというべきか、優秀な指揮官である彼の決断は早かったようだ。目的が失われた以上、戦場に留まっても無駄だと考えたのだろう。

「見事な敗戦だな。ガルバドスが到着して一日しか経ってないぞ。たった一日で敗戦か」
「うぅ……言うなよ、ドゥルーガ」

敗戦、敗戦と言われてはさすがに落ち込む。

「先輩、大丈夫かな」
「歩けていたから大丈夫だろう」

そうしてスティールたちは撤退したのであった。