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◆黒き火蜥蜴の鎚(13)


ディンガル騎士団への援軍はコーザ大隊が行くことになった。
当然、その中にはコーザ大隊所属のスティールの隊も含まれる。
スティールの隊は約200名前後の隊だ。
全員が騎士というわけではなく、兵も混ざっての数だ。
近衛軍の兵は志願兵のため、徴兵で集められた兵ではない。歴とした職業として働いている兵たちだ。当然、それなりに実力もある。
一方、領主軍は徴兵で集められた兵が多い。近衛軍がエリート軍であり、実力が上だと言われている理由はここにもある。
スティールは騎士として新米のため、隊の運営は実質的にベテラン騎士たちが行っている。

「何故、コーザ大隊が行くことになったかって?そりゃ、精鋭部隊だからですよ、隊長」

スティールの問いに答えたのは会計担当のキリィだ。年齢は29歳。黒い髪に茶色の瞳を持つ彼は切れ長の眼に眼鏡をかけた、いかにも切れ者といった雰囲気を持つ男だ。
見目は文官風だが、レイピアのような細い剣で戦うことを得意とする腕の良い猛者でもある。
パチパチとはじくソロバンはカラフルな色の石を使用した派手な品だ。彼は、『仕事中もお楽しみを忘れない』というモットーを持っている。

「ハッキリ言ってしまえば、コーザ大隊は攻撃部隊なんスよ、隊長。火と風の上級印持ちが集中して所属してるんです」

キリィの隣で書類を片手にそう答えたのはカナック。くるくるとした癖の強い茶色の髪を首の後ろで束ねた黒い目の青年だ。30歳の彼は補給担当の騎士である。
首元を大きく開けた騎士服の着方といい、品行方正の騎士ではなく、遊び人に近い性格をしているが、騎士としての腕は良く、コーザの信頼も厚い。その信頼によって、スティールの小隊に配属された。
自分よりずいぶんと年下の隊長に仕えることになったわけだが、当人曰く『この小隊はオアシスだ』とのことらしい。見目の良い者が多い小隊が気に入ったらしい。元々、出世欲も高くなかったようだ。

「う、うちの隊はその中でも例外じゃないかな?」

俺が隊長だしと告げるとカナックとキリィはあきれ顔になった。

「何言ってるんですか、うちは筆頭ですよ」
「アンタ、四つの上級印持ちじゃないスか。おまけに紫竜つき」
「うちの隊員は半数以上、上級印持ちですよ。隊員のプロフィールぐらい頭に入れといてくださいよ、隊長」

そう言えばそうだった。コーザは新米のスティールを気遣い、フォローできそうな腕のよい騎士をたっぷりと隊員にいれてくれたのだ。

「俺はともかく隊員は腕がいいもんな…」

ついでに言えば、顔も良い者を入れたのだが、その辺りの事情は知らないスティールである。

「あ、レイン中隊も行くのかな?」

レイン中隊とはカイザードとラグディスが移動した隊である。

「当然ですよ、大隊ごと行くんですからね」
「そっか…」

共に行くとはいえ、所属隊が違う以上、側にいて守ることも出来ない。
カイザードたちに危険がなければいいが、とスティールは不安に思った。

「さて、隊長。遠征のための必要経費と補給用リストができましたよ、確認とサインをお願いします」
「う、うん。ありがとう」

書類に視線を落とすと見事に丸っこい文字が並んでいた。実にかわいらしい文字だ。
サインを見るとキリィが書いたらしい。見目は冷静な切れ者風の男だが、文字は外見と全く違うようだ。なんだか少し可笑しくなる。

「そうそう、遠征時ですが、コーザ大隊長がアンタと一緒のテント希望らしいんで伝えておきますよ」
「へ?そうなの?」
「アンタ、抱き枕にちょうどいいらしいッスよ。色気もそっけもない理由ですよねえ。不眠症なんスかね、大隊長は。
ま、アンタなら襲われても紫竜がいるから大丈夫でしょ?いざとなったら俺らのテントに逃げてきてもいいですよ」

心配してくれているのかそうじゃないのか、よくわからないカナックの言葉にスティールはぎくしゃくと頷いた。

「う、うん、あ、ありがとう。たぶん大丈夫だと思う」

ラーディンと一緒のテントに寝たかったなと少し複雑に思う。しかし上官であるコーザの命令では逃れられない。

(たまにはラーディンのテントに帰らせてもらおうかな)

コーザには恋人がいる。襲われることはないだろうと思うスティールであった。


++++++++++


そんなこんなで向かったディンガル地方は王都よりも北にある寒い地方だ。
目的地であるアーティオ地方の金山も同じように寒い場所だ。

「うー、寒い。お前、抱き枕にはいいが、抱き湯たんぽには微妙だなあ」

早朝、同じ天幕でそんなことを上司のコーザにぼやかれ、スティールは困り顔になった。

「体温の低さはどうにもできません。もっと暖かい人を選んでください」
「他のヤツに寒いから抱かれろって言えるかよ」

お前みたいなのがちょうどいいんだと言われ、勝手な理由だとスティールは少し呆れた。
一方のスティールは寒くない。コーザはスティールより体温が高いため、逆に暖めてもらえるのだ。
天幕を出ると視界の先に目的地が見えた。

「あれがエランタ砦ですか」
「いい砦だろ?立地条件を最大に利用して作られている。あちらさんが作ってくれた砦だが、今回はあれを放棄して逃げなきゃいけないのが惜しいな」

山を背に防御を強め、隣に山から流れる河を持っているため、水資源の確保がなされている。河に面したところは急な勾配となっているため、そちらから攻め入ることもできない。
正面もまた荒い岩肌をむき出しにしており、崖のような高さがあり、攻め入るのが難しい。
唯一空いた部分は全面に狭間が設けられている。矢や印を撃ち出すための小窓だ。

「ガルバドス軍は砦を落とせないんじゃないですか?」
「侯爵もそう思っているのか、籠城する気満々だが、そう簡単にいくとは思えねえなぁ」
「え?」
「アスター軍の先陣が明日には到着すると斥候の報告が入っている。落とす自信がなかったらわざわざ来ないだろう。オマケにこの砦を作ったのはアスター将軍ご自身らしい。これほどの砦を作れるやつが落とせないとは思えないな」
「う……」
「侯爵が退却なさる間の足止めがうちのお仕事だ。頑張るぞ」
「は、はい」

やはり戦わないわけにはいかないらしい。
うちは攻撃部隊の筆頭だと部下に言われたことを思いだし、スティールは小さくため息をついた。
最前線にでなければいけないのは確実だろう。