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◆黒き火蜥蜴の鎚(12)


カイザードの新たな運命の相手は、西のバール騎士団の騎士で名をセシリオと言った。
その騎士は、ややクセのある明るい茶色の髪に褐色の瞳をした中背で痩せた穏和そうな男であった。
外見には抜きん出たものはない。武より文の方に長けていそうなイメージがある。
年齢はカイザードより3歳ほど上に見えた。
その相手とはバール騎士団の食堂で会った。たまたま食事時だったので、ついでだとそこに案内されてしまったのだ。
とにかく見目の良いカイザードは近衛騎士ということもあり、そこで注目の的になった。
セシリオの相手だと判ると更に驚かれた。

「凄い美人だな」
「へえ、幸運だったな、セシリオ」

やはり容姿をはやし立てる周囲に対し、セシリオはやや困惑顔であった。

「あー…うん、そうだね」

肯定しつつも声に喜ぶような感情は感じられない。

「騒がしいところですまないね、ちょっと場所を変えようか」
「食事は?」
「これじゃちょっと食べる気になれないしね、後でいいよ」

立ち上がりつつ、セシリオはちらりと己の座っていた席を振り返る。
そして隣に座っていた青年に『ちょっと行ってくるね』と安堵させるように笑んだ。
注目を浴びつつ、食堂を抜け、案内されたのは中庭らしき場所だった。
木立が都合良く二人の姿を隠してくれる。
改めて自己紹介を受けたカイザードは、セシリオに対し、少しスティールに似ているなという印象を受けた。間違われるほど印が似ているから、性格も似るのだろうか。

(彼が俺の相手か…)

穏和で落ち着いた雰囲気の持ち主。
カイザードより年齢が上だからか、スティールよりも頼もしさを感じる。きっと自分と彼の相性は悪くないだろうとも思う。
それでも彼をスティールの変わりにしようとは思えなかった。
直に会って、更にハッキリしたことがある。
新たな相手を愛することはできないということ。
どう言い訳しても、やっぱりスティールが好きだということだ。
結局、心はごまかしきれないらしい。いいかげん思い知っていたそれを再認識しつつ、カイザードは口を開いた。

「あらかじめ伝えておきたいことがある。俺はバールに移る気はない」

騎士となった後、運命の相手が判った場合、相手のいる騎士団に移ることができる。印による特例が認められるのだ。
スティールと離れたくない。そう思うカイザードはバール騎士団に移る気がなかった。

「そっか。俺もここを移りたくないんだ。
実はちょっと良い相手がいてね。将来、結婚したいと思っている。その相手はここに暮らしているんだ。
だから近衛に移るわけにはいかないんだ」

近衛騎士団はウェリスタ国でトップの騎士団だ。いわゆるエリート騎士団になる。
その騎士団に移るチャンスがありながら移動しないと告げたセシリオにカイザードは驚いた。てっきり移ると言うだろうと思っていたのだ。
しかし、理由を聞いて納得する。結婚を考えるほどの相手がいるのであれば、移らないのも当然だろう。

(同じバール暮らしってことは相手も騎士なのか)

運命の相手ということで体を重ねることも求められるだろうと思っていたカイザードは、断る理由を考える必要がなくなったことに安堵した。
セシリオの方もカイザードに行為を求める様子は見られない。恋人がいるのだから当然だろう。

そのとき、視界の先に人影が見えた。
黒い髪をした体格のいい男だ。身につけているのは騎士服ではないが、バール騎士団内部にいるということは騎士団関係者だろう。カイザードはそれがさきほどセシリオの隣に座っていた男だと気づいた。
歩み寄ってきた相手は遠慮がちにカイザードを見つつ、セシリオに声をかけた。

「話しているところすまないが、そろそろ食事に戻らないと昼休みがなくなるぞ」
「ああ、判った。ありがとう」

不器用な口実だ。様子が気になってきたとカイザードでも判る行動だ。
セシリオはやってきた男の肩を抱いた。

「紹介するよ。恋人のイーニアスだ」

イーニアスの目が驚きに見開かれる。
カイザードは頷き返した。

「よろしく。近衛第一軍の騎士、カイザードだ」

差し出した手はぎこちなく握り返された。その様子には戸惑いが感じられた。
イーニアスは人付き合いが苦手そうだとカイザードは思った。

「じゃあ戻るよ。わざわざ来てくれてありがとう。また近くに来たときは気軽に立ち寄ってくれ」
「あぁ、俺も近衛に帰る。じゃあな、元気で」

あっさりした別れだったがカイザードにはかえって好都合であり、好印象だった。
イーニアスの方がとまどい、セシリオに何か問うている様子を見つつ、カイザードは背を向けた。
もうここへ来ることは仕事以外ではないだろう。
これがよかったのか悪かったのかは判らない。
ただ一つ判っていることがある。
新たな運命の相手とは恋人関係にはなれない、ということだ。