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◆黒き火蜥蜴の鎚(11)


カイザードはバール騎士団に行く前に実家に立ち寄った。
カイザードの実家は南西にある。西にあるバール騎士団に行く前に立ち寄ることができるのだ。やや遠回りになるものの行けぬ距離ではない。
実家には兄の恋人であるシュタムが来ていた。
兄レイザードも容姿がいい男だが、シュタムも美男子だ。肩までのプラチナブロンドに緑の瞳を持つ彼は貴公子的な容貌を持つ。
彼は兄と共に地元で美形カップルと言われているらしい。
シュタムは南方守護を受け持つクロス騎士団の騎士だ。カイザードの実家にはよく来ているらしい。カイザードも学生時代から幾度か会っている。

「うわぁ……すごく目の保養だ」

シュタムは自他共に認める面食いだ。兄レイザードにベタ惚れの彼は、レイザードによく似ているカイザードのこともお気に入りだ。並んで立つ兄とカイザードを見てうっとりしている。

「あんた相変わらずだな…」

兄と同じ顔を気に入られているだけと判っているので、カイザードもただ呆れるだけだ。
シュタムの反応に慣れているのか、兄の反応はない。いつものことと割り切っている様子でパンを捏ねている。
カイザードも途中まで手伝ったが、ヘタすぎて手伝いにならないと洗い物に回されてしまった。
剣技は順調に上達しているのに料理の腕はなかなか上がらない。
そうして久々に家族と夕食を楽しみ、カイザードは実家を訪れた理由を告げた。
運命の相手じゃなかったのなら仕方がないね、と家族の反応は淡々としていた。
納得いかなそうな表情を見せたのはシュタムであった。

「好きじゃなかったのかい?」
「好きだ」

カイザードは素直に認めた。
そう、好きなのだ。今だって好きだ。それはもう誤魔化しようがない事実でどうしようもないのだ。
しかし、運命の相手じゃなかった。スティールにも別れを告げられた。今更どうしようというのか。どうにもならないではないか。諦める以外、何ができるというのか。

「じゃあ諦めるなよ。運命が何だっていうんだ。そんなもの、私とレイザードには最初からないよ」

兄レイザードとシュタムは相印の関係ではない。それは事実だ。

「相印じゃなくたって愛し合える。相印じゃなかったから別れるなんて納得がいかないな。問題は恋人を好きか嫌いかじゃないか?」

驚きに黙り込むカイザードに兄レイザードは笑んだ。

「シュタムに同感だ。カイザード、迷っていた俺に後悔しないように生きるべきだと教えてくれたのはお前だったな」
「兄貴…」
「軍人は後戻りできない職業だとも言っていたな。その言葉を今度は俺からやろう。
諦めず、悔いの無いように生きろ、カイザード。俺も諦めるべきではないと思う。精一杯足掻いてみろ。欲しいものを諦めるな。運命はさだめられるものではなく、自分で選んで歩むものだ」

そうだね、と母。
父はいつものように無言だが、同意するように一つ頷いた。
暖かな家族の後押しを受け、カイザードは黙り込んだ。
諦めなくていいのだろうか。
まだ望みはあるのだろうか。
けれども、一度欲しいと思うと耐えきれなくなった。諦めなくていいのであれば、まだ諦めたくない。奪ってでも欲しいと思う。
まだ諦めなくていいのであれば、彼の手が欲しいのだ。