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◆黒き火蜥蜴の鎚(8)


黒い髪に蒼い瞳を持つ鍛冶師の青年イーニアスは、万事控えめな人物だ。
殆ど喋らず、いつも黙々と仕事を行っている。
わけありでこの騎士団に来たらしく、騎士団内部から出ることを許されていない。
そのせいで他の鍛冶師たちにも遠巻きにされ、見習いや雑用に等しき扱いを受けている。
しかし、彼はその待遇に不満を漏らさず、いつも黙々と働いている。
セシリオはそんな彼に好感を抱き、時折、食事に誘ったりして共に過ごすようになった。
遠慮がちなイーニアスは当初は断ってばかりだったが、それでも親しくなるに連れ、笑みを見せ、誘いにも乗ってくれるようになった。
セシリオ自身、さほど社交的とは言えぬ性格のため、二人のつきあいはゆっくりした歩みであったが、それでも確実に間は縮まっていった。

(理由ありなのは確かだろうけどなぁ。公爵家がらみか)

西の地は三大公爵家の一つディガルド公爵家が大きな権力を誇っている。
三家の中ではあまり目立たないディガルド家だが、地元では絶大な力を持つ。西に領地を持つ貴族たちは殆どがディガルドの傘下にあると言われているほどだ。
そのディガルド公爵家は、近年代替わりした。
それまで次期当主として見られていた長男クルツがガルバドス国との戦いで戦死したため、急遽三男が次の当主として指名され、そのまま正式に代替わりとなったのだ。
その三男コンラッドは今まで全く表に出てこなかった人物のため、能力は未知数だった。
しかし、地元の貴族たちの間では彼のことはそれなりに知られていたらしい。
曰く

『ここ数年、実際に統治をしていたのは三男』
『現状を見る目があり、冷静で頭の切れる人物』

と能力に関しては問題なしであるという。
実際、クルツが引っかき回した戦場を彼は部下の将に一任してきた。自身の功績には拘らず、目の前の勝利を掴む方を彼は選んだのだ。その際、近隣の領主らに指示を出すことも忘れず、しっかりと領主軍全体を支配下に置くことを忘れなかった。
さすがは大貴族ディガルド公爵家というべきか、近隣の領主たちの軍もすんなりとディガルド公爵家の領主軍の支配下に入ってくれたため、その後はスムーズに軍を動かすことが可能となったのだ。
その後も領内には大きな混乱も起きておらず、代替わりはスムーズに行われたというのが衆目の一致した見方だ。

『新しいディガルド公爵は切れ者だ』

とすでに評判は広まりつつある。
同時にディガルド公爵は闇の印の持ち主であるという噂もあるが、こちらは不確かな噂のようだ。そしてそのことは誰も調べようとしない。三大公爵の一人を敵に回すことが確実だからだ。おまけにディガルド公爵が没すれば、次の当主は次兄のオーギュストということになる。彼は評判が最悪な人物で、猟奇趣味があるという。誰もそんな人物に当主になって欲しくないのだ。
いずれにせよ、ディガルド公爵家は大貴族であり、一騎士に調べられることなど限られている。

(あまりにも相手が悪すぎる。何も調べられない)

セシリオとしてはイーニアスの力になってやりたいと思うが、彼は自分のことを何も喋ろうとしない。問えば身を固くされてしまうため、セシリオも無理に聞き出そうとは思えない。
セシリオはイーニアスに好感を持っている。少しずつ歩み寄り、最近は少し良い雰囲気にもなるようになった。
しかし、イーニアスは頑なだ。ただ、一度だけぽつりと『関わってはろくなことにならない』というようなことを言われた。理由は問うても答えてくれなかったが、よほどのことなのは確かだろう。

(近々、新公爵がこちらに来られるという…。話せればいいが…無理だろうな)

一騎士ごときが喋れる機会があるとは思えない。
それでもチャンスがあればいい、とセシリオは思った。