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◆黒き火蜥蜴の鎚(6)


翌日、カイザードは久々に元の隊であるスティールの隊へ来ていた。

「ドゥルーガを借りていいか?」
「え?はい、構いませんが」
「武具の依頼をしたいんだ」

できるだけいい武器が欲しいと思うのは騎士として当然のことだ。
カイザードは以前スティールにドゥルーガの鍛冶師としての腕がよいことを聞いていた。
小竜姿になったドゥルーガはまっすぐにカイザードを見つめ返した。

「断る。お前には作る気になれん。フェルナンなら作ってもいいがな」
「何故ダメなんだ?俺がスティールの相手じゃなくなったからか?」
「違う」
「だったら何故だ?金は払う。条件は出来るだけ飲む。だから…!」
「お前の腕が作る武具に達しないからだ」
「!!!!」

ぎり、とカイザードは唇を噛んだ。
フェルナンには作って自分には作れないという。
自分はそれほどフェルナンに劣っているのか。
目眩がしそうなほど強烈な怒りがカイザードを満たした。
人間が相手だったら殴り飛ばしていたかもしれない。キレかけたカイザードの理性をかろうじて止めたのはドゥルーガの見た目のおかげだった。手のひらサイズの小動物相手に暴力を振るうことはできなかったのだ。
無言で踵を返したカイザードの背にドゥルーガは声をかけた。

「お前の腕は発展途上だ」

振り返ったカイザードをドゥルーガはひたと見つめた。

「俺は一人に一本、最高の武具を打つ。その人間に見合った武具を作るんだ。発展途上のお前には発展途上の武具しか打てねえ。
腕を磨き、武術の腕を完成させろ。そのときこそ、お前に最高の武具を打ってやろう」

立ち去ろうとしたカイザードをスティールは追ってきた。

「先輩」

振り返ったカイザードをスティールはまっすぐに見つめた。

「ドゥルーガがあんなこと言ったの初めてです。今までの武器は全部適当なのを作ってたのかな、あいつ」

小竜が聞けば反論しそうなことを言い、スティールは笑んだ。

「先輩には最高の武器を打ってみたいと思ったのかな。あいつが打つ先輩の最高の武具を俺も見てみたいです」

カイザードは無言で目を細めた。
胸が詰まって返事が出来なかった。
いつもスティールは絶妙なタイミングで欲しい言葉をくれるのだ。不意打ちのようにくれるせいで心の準備ができない。
しかし今日ばかりはそれを恨めしく思った。
何故こんなときに言うのか。諦める決意をしたばかりだというのに。
別れた後に、諦めようとしているときに言うのか。
諦めたつもりだったのに自分の本心を思い知らされる。まだ全然吹っ切れていないことを実感させられてしまう。

「スティール、今夜…っと」

通路の先から駆け寄ってきたラーディンはカイザードに気づくと言葉を止めた。そして後輩らしく一礼してくる。
カイザードは無言で踵を返した。
耳にしてしまった『今夜』の言葉の先ぐらい予想がつく。自分には得られぬ時間を過ごすのだろう。
胸に満ちてくるのは、付き合っていた当時は感じなかった苦い嫉妬だ。失ってしまった大切な時間をラーディンは持っている。

『スティール、俺も』

当時はただそう言うだけでよかった。
そしていつも言う前に得ることが出来た。スティールはそういう気配りがとてもうまかったのだ。
今日、欲しい言葉をくれたように、スティールは見ていないようで相手をよく見ている。鈍いようでとても気配りがうまい男なのだ。

(俺も一緒にいたい)

口にすることは許されぬ言葉を心で呟き、カイザードは手を握りしめた。