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◆黒き火蜥蜴の鎚(5)


一方のスティールは隊長として、隊の運営を必死に覚えていた。
ただでさえ、新米騎士で覚えることだらけだというのに、隊長としての知識まで身につけねばならないのだ。こればかりは紫竜ドゥルーガもあてにできない。小竜がウェリスタ軍の運営方法なんて知るはずがないからだ。
ラーディンは同じ新米騎士、フェルナンは自力で何とかしろというスタイルだ。
そしてカイザードとは別れた日以来、会話がなかった。
そしてスティールの方もカイザードのことを気にかける余裕がなかったのである。
それでも一日が終わって部屋に戻れば、カイザードのことが頭に思い浮かぶ。

(我ながら未練がましいよなぁ…先輩にはもう新しい人がいるのに)

そうして自己嫌悪に陥っているスティールである。
そして新しい自分の相手はディンガル騎士団の騎士だという。
仕事を覚えるのに精一杯の状態であるスティールにはとてもディンガル騎士団に行く余裕などない。

(先輩、移動になっちゃったし)

しかもラグディスまで移動だ。こちらは半分、巻き添えだろう。
ラグディス自身はいずれにせよ、コーザ大隊麾下であることに代わりはないのであまり不満はなさそうではあったが少し申し訳なく思うスティールだ。もっともスティールたちが悪いわけではないのだが。

(隊まで分かれたくなかったなぁ)

隊が分かれたせいで今では殆ど会えない。しかし、上官命令ではどうにもならない。
そして未だにカイザードに未練たっぷりの自分もどうしようもないと自己嫌悪するスティールだ。
そんなスティールを見て、一緒に暗い表情なのはラーディンだ。心配をかけてしまっているのは明らかで申し訳なく思う。
一方のフェルナンはすでに過去のこととして片付けてしまっているようだ。割り切りがいい彼らしいと言えば彼らしい。
フェルナンは元々他の相手のことを話題に出すのを嫌っている。自分といる時は自分だけを見ていろというぐらいだ。元々、他の相手にあまり関心がないのだろう。
しかし、関心がないということは非協力的ということだ。
実際、カイザードの一件に関しては一言も口にしてこない。言える雰囲気でもない。

「おい、隊長。情報だ。荒事の仕事が起きる可能性があるぞ」
「え?」

書類を眺めつつ、ぼーっとしていたスティールの頭を軽く書物で叩いたのは、腕の良い騎士でスティールの副官であるオルナンだ。

「あ、荒事、ですか」
「あぁ、戦闘が起こる可能性が高い仕事ってわけだ。アスター黒将軍を知っているか?」
「ええと、新しい人ってことしか…」
「そうだ。彼は新しく黒将軍になった人物だが、それまで殆ど無名だったため、情報がない。だが、その将軍の支配する地域が実はうちの国境沿いでな。しかもディンガル地方の近くだということが判った」
「ええ?」
「その地方には砂金が採れる山があってな。元は別の国だったが、ガルバドスが落として、国土とした。そこを管理していたのがアスター将軍だったらしい。新しい砦を作る傍ら、付近一帯を管理していたようだ。
ところがその砂金をずっと前から狙っている領主がいて、黒将軍が入れ替わるタイミングを見計らってちょっかいをだした」
「……その領主って…」
「ディンガル地方近くに領地を持つネイク侯爵だ。彼が主張するには五つほど前のご領主の時代には、その山はこちらのものだったそうだ」
「五つ前の代ですか……」
「ネイク侯爵にしてもアスター将軍が次の黒将軍になるとは思ってもいなかったようだ。まぁ無理もないがな。俺もカーク、シグルド、アグレス辺りだろうと思っていた。アスター将軍は完全に無名だったからな。
いずれにせよ、ネイク侯爵の主張は受け入れてもらえないだろう。当代ならともかくご先祖様の代じゃ、とっくに時効だ」
「そ、そうですよね…」
「だが困ったことにネイク侯爵は兵を退く気がないらしい。
だが腐っても侯爵様だからな、死なれては困る。彼は豊かな領土を持っていて、ディンガル騎士団のよきパトロンでもあるんだ。
ディンガル騎士団は当然、侯爵をお助けする方向へ動くだろう。恐らく援軍要請が来る」
「うち(第一軍)が出るんですか?」
「恐らくな。フェルナン将軍に代替わりしてからディンガル騎士団と組んだことがないからな」
「山をアスター将軍から取るんですか?」
「違う。ネイク侯爵を説得して引き上げるのが仕事になるだろう」

さすがに侯爵の私欲のために本気でガルバドスとぶつかる気はない、とオルナン。
なんだか厄介そうな仕事だな、とスティールは思った。
侯爵を説得することから始めなければならないようだ。
オルナンも顰め面だ。気が進まない仕事なのだろう。

「心配するな、説得は俺たちの仕事にならないさ。説得は別の奴らがするだろう。俺たちの役目は荒事だ」
「ええと、護衛ですか?」
「どちらかと言えば足止め役だな。あちらさんも留守中に山を取られてお怒りのようだから、ぶつかることになるだろう」
「まさか、アスター黒将軍と戦わなきゃいけないんですか!?」

青ざめるスティールにオルナンは真顔で頷いた。

「でてきたらな」
「ええ!?相手は黒将軍ですよ!?」

無茶だと青ざめるスティールにオルナンは苦笑した。

「まだ決定じゃない。だがそのときは俺も出来るだけフォローする」
「でも!」
「諦めろ。黒将軍相手は上級印持ちじゃないと無理だ」

お前さんは紫竜持ちで、多重の上級印持ちだから最前線に出るのは決定事項だと言われ、スティールはがっくりと肩を落とした。