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◆黒き火蜥蜴の鎚(2)


黒将軍と青将軍は自分の公舎を持っている。
しかし、青将軍は己の上官の公舎に詰めていることも多い。
アスター軍も例外ではなく、アスターの公舎には麾下の青将軍が来ていた。緊急に集められたのはその居合わせた将たちだ。

会議室は丸テーブルだ。中央には謎の彫刻が置かれている。
アスターの上席に一番近い場所に座っているのは赤将軍のホーシャム。勤続40年以上という老将だ。
赤将軍だが軍師という地位にいるため、いつもアスターの隣に座している。椅子は彼専用の腰に優しい大型椅子だ。
青将軍は三名。ザクセン、シプリ、マドックだ。彼らはアスターが青だった時代から一緒の側近だ。
赤将軍はホーシャムの他、カーラが来ている。赤将軍は他にもいるが、公舎に居合わせなかったのだ。
アスターは会議室を見回し、眉を寄せた。

「全員揃ってねえなー。まぁしょうがねえか」
「急だったからね」
「じゃあ説明するぞ。なんか攻撃受けちまったらしくてよ、アーティオ地方のエランタ砦がウェリスタの貴族に取られちまった」

軽い口調で会議は始まった。口調は軽いが言っている内容は重大だ。国土が隣国から侵略を受けているということなのだ。
しかしいちいち口調を咎める者はここにはいない。慣れている者ばかりなのだ。

「奪われたものは取り返す。エランタ砦はうちが作った砦だ。そういうわけなんで陛下に許可をいただいて出陣しようと思う」

黒将軍は国王直属だ。そのため、出陣も直接国王に許可を得ることになる。
今回は奪われた砦を取り返すための出陣なので確実に許可は得られるだろう。

「なんでそんなに簡単に奪われちまったんだい?」

女騎士カーラの問いにアスターは苦笑した。

「留守してたからさ。サウザプトン戦の最中に奪われちまったらしい」
「あぁ、あの…」
「なるほどのう」

会議室に居合わせた全員が顔をしかめた。
サウザプトン戦でガルバドス軍は負けた。大きな被害を出した。その戦いではアスターの軍も被害を受けたため、皆が苦い思い出を持っている。

「まさか自分で作った砦を攻略しなきゃいけない羽目になるとは思わなかった。なんか腹が立つな…」
「もっと早く腹を立ててよね!君、いっつも呑気なんだから」
「ひでえぞ、シプリ」

苦笑しつつ、アスターは会議室にいる側近へ命じた。

「そういうわけで出陣だ。俺は陛下に許可を得てくるからお前らはすぐに準備をしてくれ。できれば一週間以内に出たい」
「御意!」
「了解」
「知ってると思うがあの地方は寒いぞ。防寒対策をしっかりしておけよ」
「了解…」
「判ったよ」

はいはい、と返事をしながら側近たちは部屋を出て行き、アスターは最後に残ったザクセン青将軍を振り返った。
黒い髪に蒼い目を持つ痩せた暗殺者のような雰囲気の男は会議中も椅子に座らず、壁にもたれて立ったままだった。アスター以外の誰にも近づこうとしない男なのだ。

「お前とシプリとマドック。三隊で足りると思うか?」
「砦攻略だけならいけるだろう」
「レナルドのヤツ、間に合うかな。一体どこに行ってるんだか。アレを頼みたいのに」
「…最前線に出る気か?」
「必要なら」
「不要だ。俺に任せろ」
「アンタは強いからなぁ。期待してるぜ」

ザクセンは無言で笑むとアスターに軽く口づけて、会議室を出て行った。