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◆黒き火蜥蜴の鎚


軍事大国ガルバドスはウェリスタの西に広がる強大な国だ。
ガルバドスの黒将軍はそれぞれ独自の軍旗を持っている。
黒将軍筆頭のレンディが円に絡みつく大蛇の紋章。
智将と名高いノースが方位磁石のような十字に絡みつく茨の紋章といった具合だ。
新たに黒将軍となったアスターは師より火蜥蜴の紋章を受け継いだ。彼の武術の師ロドリクが元黒将軍だった為である。
黒将軍が紋章を受け継ぐのは初だというが、反対意見はなかった。師に感謝し、その旗を受け継ぐという行動は周囲に好感を持ってもらえたのだ。
そして受け継がれた火蜥蜴の紋章はアスター軍の紋章となった。
受け継がれるまでに十年以上の歳月が経っていたため、軍旗など必要なものはすべて新しく作られたが、そういった経緯があったため、すぐに周囲に認知されるようになった。

「ちょっとアスター!黒将軍が階段の手摺りなんてつけてないでよ!」
「だってここの手摺り、ちょっとぐらついてるんだぜ。うっかり外れて怪我人がでたらヤバイだろー」

アスター軍の青将軍シプリは、己の上司であるアスターが階段に座り込んで、金槌を振るっている姿を見て呆れた。折角の黒のロングコートも床に広がっていて、うっかり踏みそうな有様だ。
アスター軍の主アスターは元々、建築士志望だった人物だ。そのため、日曜大工を趣味としている。黒将軍となった際、公舎は半分以上が造り替えられたが、その設計にも大いに係わった。そして建物が完成した今もあちらこちらに手を加えている。とにかく物作りが好きなのだ。
側近兼友人であるシプリに抗議され、アスターはしぶしぶ金槌を持つ手を止めた。
シプリは線の細い容姿を持つが苛烈な剣技を得意とする青将軍だ。

「何か用か?」
「用か?じゃないよ!北東のアーティオ地方が侵略を受けているのさ」
「アーティオ地方…?…えーと…」
「エランタっていう金山があって、その近くに砦を作っただろ!」
「あー、エランタ砦のことか」

自分が作った砦の方はしっかり覚えていたらしい。シプリは呆れた。どこまで建築好きなのか、この将軍は。この調子なら砦の設計などは完全に覚えているに違いない。アーティオ地方の特徴についてはあてに出来ないが。

「排除するよ!」
「えー、わざわざうちが出なくても、戦いたがってる黒将軍がいるだろうから、任せたらどうだ?」
「何言ってるのさ!うちが管理している地方が攻撃を受けているんだよ。他に任せてどーするのさ!やっぱ新米だな、他に頼るのかよなんて思われちゃうじゃないか!
そもそも黒将軍である君が管理する地方なのに侵略されているってこと自体が舐められている証拠だよ。きっちり排除するよ、アスター!」
「うー、マジかよ…めんどく…」
「面倒くさいなんて言ったら君自ら最前線にでてもらうからね!」

一般兵時代から苦労を共にしてきた友人だ。立場に関係なく対等な関係である。
口ではかなわない事が判っているため、アスターは黙り込んだ。
しかし、腐っても上位の将というべきか、頭はちゃんと動いている。
床に転がっている木製の小箱から新たな釘を取り出し、最後の部分に打ち付けていく。

「……どこが来た?」
「ウェリスタの貴族だよ。元々自分ところの領土だったなんて主張しているけど、そんなの関係ないね。今はうちの領土なんだから」
「近年、ウェリスタ国から奪った領土なんてねえよなぁ…?何年前の話なんだか…」

作業を終えるとアスターは立ち上がった。
のんびりした性格や言動が目に付くが、彼は190cmを超える長身の男だ。背に広がる黒いコートは長身のために布地が広く、遠目に見るとまるでマントのように見える。その半身に広がるのは火蜥蜴の炎だ。前方に這う火蜥蜴の炎が背に向かって火の粉を舞うように広がっている。その赤は花吹雪のように黒地に美しく映える。

「うちの初任務かぁ……じゃあ文句言われねえように完璧にやらねえとなぁ…」

薄く笑みを浮かべるとアスターはちょうどその場を通りかかった騎士を呼び止めた。若い騎士は突如、黒将軍に呼び止められ、緊張に体を硬くしている。

「公舎に来ている青と赤を集めろ。会議と言えば判る」
「御意!!」

アスターは滅多に全体会議を行わない将だ。急に集めるとなれば緊急事態が起きたのだと判る。
興奮した様子で駆けだしていく騎士を見送り、アスターは階段を上り始めた。この先に将軍用執務室と会議室があるのだ。