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◆奉剣の舞(3)


「お前は本当によくわからんな」

あきれ顔でスティールにそう告げたのは担任のドルスだ。
彼は土の印の使い手でもある。
担任ということと担当クラスの生徒ということで、印の補講をしてくれるのもドルスが一番多い。
士官学校には印を練習するための訓練場が用意されている。
学校の敷地にある訓練場は屋外にあり、グラウンドのように広い場所だ。
要するに広さだけが取り柄の何もない場所なのだが、その方が印の練習には都合がいいのだ。

「基本的に印の技ってのは、基礎、応用、特殊に分かれる。わかりやすく言えば、緑の印の場合、怪我人の体の生気を動かして止血するのが基礎、更に生気を活性化させて治療を促進するのが応用、生気の腕を生み出して動かす『聖ガルヴァナの腕』のようなものが特殊だ」
「はい」
「殆どの技は基礎の上に成り立つ。緑の印の場合、『生気を動かす』のが基本中の基本だ。印を動かす力が強くなれば、治癒範囲も広くなり、治療スピードも増す。上級印技の『光印縫合』も生気を元に作り替えた糸を使用する技だ」

ようするにすべての技は基本の上に成り立つから、基礎をしっかり磨けということなのだろう。

「なのにお前は上級印技の『聖ガルヴァナの腕』や難易度が高めの土の攻撃技『地裂斬』を先に覚えるんだからなぁ…。なぜそれで基礎の技ができないんだ?」

心底不思議そうに言われ、スティールは黙り込んだ。
上級印の持ち主は少ない。
そして士官学校は戦いの基礎を叩き込む場所なので、当然ながら試験内容は基礎をしっかり出来るかどうか、というものが多い。
劣等生のスティールだが、印だけはそこそこ成績がいい。しかし、コントロールがヘタなのでいつも何とか合格しているという感じなのだ。
上級印を複数持っているため、そのままではもったいないというドルスは、スティールに対し、もっと腕を磨けという。

「試験までにしっかり防御だけでもマスターしておけよ。今度の試験は実戦形式だ。防御をミスしたら死に繋がるぞ」
「は、はいっ」

練習に付き合った後、ドルスは帰っていき、スティールは紫竜ドゥルーガと共に残された。

「うう、なんで基礎がヘタなんだろ、俺は」
「さぁな。だがパワーがあるからな、お前は。力を消費する技の方が使いやすいのはそのためだろう」

右の小手状態のドゥルーガは使い手の疑問にあっさりと答えた。

「お前の印は強い。慣れれば相当な力を必要とする上級印技も使うことができるだろう。上級印技にはそういう力任せの技が幾つかある。消費する力が膨大なために使い手が少ないが、威力だけは抜群という技だ。お前にはそういう技の方が向いているかもな」
「それってどういう技?」
「炎の『聖マイティスの刃(グラザナード)』が代表的だな。剣から熱の巨大な刃を放つ技だが、とにかく燃費が悪い技で使い手が殆どいない。だが威力は抜群だ。土の『地裂斬』も近いな。力任せに大地を砕く技だ。あまりコントロールを気にしなくていいから使いやすいが、やはり燃費はよくない」
「ええと、『聖マイティスの刃(グラザナード)』と『地裂斬』っと…」
「あと組み合わせたような技が『炎蜘蛛陣(リ・ジンガ)』だ。大地を砕いて、地中から炎を吹き上げる技だ。覚えてみるか?あれは意外と簡単だぞ」
「え?そうなの?」

実際は合成印技なのでかなり難易度が高い技なのだが、小竜はあっさりと簡単だと告げた。
小竜の印に関する基準が通常と全く異なることに気づいていないスティールはあっさりとその言葉を信じ込んだ。

「よく見てろよ。炎を地中で生み出し広げていく。気が溜まったら大地を打ち砕く………大地の怒りよ、燃えたける雄叫びとなり、焼き尽くせ。『炎蜘蛛陣(リ・ジンガ)!!』」

目前に放射状に広がった大地の罅が赤く輝いたかと思うと、地中から吹き上げるように炎が飛び出してくる。
見目も威力も圧倒的な合成印技にスティールは驚き、見入った。

「判ったか?」
「うん、何となくだけど判った」

いつも弱気なスティールが判ったと答えるということは本当に判ったのだろう。
スティールの返答を聞きつつ、小竜は嬉しく思った。
普通は一度見ただけでは判らないものだ。しかし、相棒は判ったという。
やはりスティールは印の才能がある。
四つの上級印を持って生まれたことは伊達ではないということだろう。強き印を持って生まれた分、それを操る能力もあるということなのだろう。
四つの印と、四つの印を操る才。
印が通常の四倍ということは、操る才能も四倍と考えていいのかもしれない。
少なくとも、一目見ただけで上級印技が判ったと答えることができるスティールの才能がずば抜けているのは確かだ。

「やってみろ」
「うん」

相棒の返答を聞きつつ、いつになく浮かれたような気持ちで印の指導をするドゥルーガであった。