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◆断片的な海のように(9)


ギランガに戻った一行はギランガの頭領の家に向かった。アルディンがミスティア家の出身であるため、ギランガの頭領家はその親族だからだ。
ギランガの頭領の息子でシードの婚約者でもあるベルクートは、アルディンの親友でもあるらしい。彼はあらかじめ報告を受けていたらしく、医師を手配してくれていた。
その医師は腕のいい医師で普段はやや遠方にいるという。今回は特別に大急ぎで呼ばれたのだそうだ。
医師はアルディンが到着した日の夜にやってきた。
ずっと治療のために付き添っていたスティールはその医師を見て驚いた。

「父さん!?」
「ん?……軍の服…ってことはサフィールじゃなくてスティールの方か」

よく見ると父ではなかった。よく似ているが父より日焼けしていて、ベージュ色の髪の色も殆ど白に見えるほど薄い色だ。
薬師らしくポケットの多い生成のコートを羽織り、大きな肩掛け鞄をかけた中年の男は四角い眼鏡をかけていた。
スティールの父には弟がいる。

「あ、叔父さんですか?」
「あぁ、そうだ。子供の時以来だな、スティール」
「ミスティアにいらっしゃったんですね」
「あー…ミスティア領主とちょっと知り合いでな。アルディンは?」

叔父は躊躇いなく奥の寝台へ歩いていく。
スティールは慌てて注意した。

「叔父さん、不用意に近づかれたら危険です!」
「何でだ?」

アルディンは今、目覚めている。叔父が到着したので藍竜に頼んで仮死状態に近い状態から戻してもらったのだ。故に不用意に触れては攻撃を受ける危険性がある。
しかし、慌てるスティールの心配は余所に叔父は攻撃を受けなかった。
アルディンは叔父を目にすると安堵したように表情を和らげた。

「お前は怪我が多すぎるぞ、アルディン」
「…すまない…」

どうやら顔見知りらしい。
叔父と思わぬ人物のつながりを知り、スティールは驚いた。
その間に叔父は印を発動させた。

「6つ!!??」

聖ガルヴァナの腕が6。一つ発動させることが出来る者だけでも手練れと言われるほどなのに腕が6。
しかも叔父は余裕で操っている。

(緑が濃い色の腕……6でも全然余裕があるんだ…)

色が濃いほど、いい発動がされていると言われる。
複数の腕が別々の動きをし、毒を消し、傷口を縫い、消毒していく。
実に鮮やかな動きでくるくると動き回る腕は10分足らずで処置を終えたらしい。あまりにも鮮やかな治療だった。

「叔父さん、もしかして『10の腕を持つ』とか言われていますか?」
「あー…。……あぁ…」

最初は惚けるように、最後はうんざり気味に叔父は認めた。
多弁でないところは父に似ている。やはり兄弟らしいところがあるようだ。

「アルディン様の傷の具合はいかがでしたか?」
「大丈夫だ。だが、しばらく安静にせねばならん」

もう命に別状はないらしい。さすがだな、とスティールは思った。
アルディンの状態はけしてよくなかったはずだ。それを大丈夫と言い切るということは、その状態まで回復させたということだ。
同時に己の腕の悪さを痛感する。一本の腕を操るのがやっとだったのだ。
その叔父はスティールの両肩に乗る小竜たちに目を止めた。

「…ロスの色違いか?」

言うことまで父と同じだ。

「色違いとはなんだ、色違いとは!」
「そこの薬師、我とロスは、本質が違うんだが…」

気を悪くしたように抗議する小竜たちに叔父は目元を綻ばせた。

「ところで叔父さん、何故アルディン様とお知り合いなんですか?」
「あいつは子供の頃に族に襲われたことがある。そのとき、たまたま居合わせた俺が助けたんだ」
「そうだったんですか!」
「あいつのオヤジであるミスティア領主がアルディンを溺愛していてな。とても感謝された。まぁそれからの縁だ」
「溺愛ですか…」
「アルディンは両親に溺愛されすぎて鬱陶しくなり、軍に入ったらしい」
「そうだったんですか…」
「アルドーはかなり嘆いていたがな。自業自得だ」

アルドーというのがミスティア領主の名であることはスティールも知っている。
どうやら叔父は、ミスティア公とファーストネームを呼び合える仲らしい。
すごいなぁとスティールは素直に感心した。

「フェルベールが相手だったそうだな」
「はい。叔父さんは海賊のことをご存じなんですか?」
「あぁ…。……また討伐戦があるのか?」
「おそらくは。今回はフェルベールだけでしたが、他にも強い海賊がいるそうですので、あるかもしれません」

黙り込んだ叔父にスティールは心配してくださってるのだろうと思った。他に思い当たることがなかったためだ。

「ところで叔父さん、従兄弟たちは元気ですか?」
「……あぁ……」
「薬師ですか?」
「…あぁ……いや……」

言いづらそうにしかめ面の叔父に、なにやらワケありのようだと思い、スティールは突っ込んで聞かなかった。
従兄弟が薬師でないとは意外だったが、スティール自身、薬師ではない。
そういえば両親も従兄弟については何も言わない。遠方に住んでいるからだろうと思い、疑問に思っていなかったが、何やら事情があるのかもしれない。

「家は弟が継ぐのか?」
「はい、サフィールが継ぐ予定です」
「この港町には良い薬剤が入ってくる。明日分けてやろう」
「ありがとうございます」

実家に持ち帰れば家族が喜んでくれるだろう。スティールはありがたくいただくことにした。


++++++++++


アルディンを叔父に引き継いだスティールは、隊に戻り、コーザたちと合流することになった。
帰り道を一人歩いていると、小手状態のドゥルーガがぽつりと呟いた。

「…船乗りの手だったな」
「あぁ」

それに応じたのは肩の上の小竜ラグーンだ。

「叔父さんが?」
「お前の従兄弟、海賊かもしれないな」
「ええ!?まさか。船に乗ってるからって海賊だなんてあり得ないよ、ドゥルーガ」

商船や漁師の方が圧倒的に数が多いのだ。船に乗っているから海賊とは想像が豊かすぎるだろう。

「スティール、海の戦士には特徴があってな…」
「よせ、ドゥルーガ。今知る必要はなかろう。スティールとあの薬師の人生は交わる必要がない」
「珍しい。あの男を気に入ったようだな」
「あぁ。ああいう人間は好きだ。しっかりと地に足をつけて一歩ずつ歩む男だろう。そんな人間を我は好ましく思う」

静かなラグーンの声は感情の起伏が少ないが、叔父への確かな好感が含まれていた。

「ロスの使い手の血縁か。ロスはいつも趣味がいい」
「……まぁハズレはいないな」
「お前の趣味はわかりやすい」
「そうか?」
「火と水の能力主義で、いつも鍛冶工芸の職人ばかりだ」

図星を突かれたのか、ドゥルーガの反論はなかった。

「だが悪くはないな」

言葉と共に首筋に軽くすりすりされ、スティールはくすぐったく思いつつ笑んだ。ラグーンの好意を表す仕草なのだろう。

「当然だ」

誇らしげなドゥルーガの言葉も嬉しい。

「ありがとう」

お返しに右の小手に頬ですりすりしてみると微妙そうな沈黙が帰ってきた。

「ドゥルーガ?」
「まぁいいが……同じかよ」
「何が?」

相方の微妙な心理が判らないスティールであった。


+++++++++++++


フェルベールとの戦いは辛勝といったところであった。
ほぼ壊滅させたが、海軍の被害も大きかった。

「よくやったな、スティール。報奨金は確実だぞ」
「あ、ありがとうございます」

雷牙陣を消滅させ、敵船に大きな被害を与えることができたスティールは今回の戦いの功労者の一人となることができた。上官であるコーザも嬉しそうだ。

「七竜のうち、二匹を連れていると海軍騎士たちが驚いていたぞ」
「ええと、あれはドゥルーガの友人ラグーン殿です」
「もう帰ったのか?」
「はい、元々、海の底にお住まいだそうです」
「へえ。シーサーペントもいる海なのに度胸あるな。さすが七竜殿だ」

同一人物であると明かされていたスティールは、何とも言えず黙り込んだ。
何しろ過去に海軍へ大きな被害を与えたこともあるというシーサーペントだ。言わない方がいいだろう。

「ところでコーザ。貴方の手の酒は…」
「あぁ、これはギランガの特産品だ。俺の恋人への土産なんだ。ラグディスには内緒だぞ」
「は、はい…」

内緒と言われても普通サイズの瓶を持ち帰るのであれば、道中にバレるのは確実だ。
意外とヌケている上司に困りつつ、問われたときにどう誤魔化そうか悩むスティールであった。