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◆断片的な海のように(10)


近衛軍は元々海軍への援軍という立場であったため、一部を除き、王都へ戻ることとなった。
アルディンは傷が深いため、治るまで実家で療養するという。その治療は叔父が責任もっておこなってくれるというのでスティールは安堵した。

そうして行きと同じぐらいの時間をかけてスティールは王都に戻った。
何よりも恋人たちに会えるのが楽しみだ。何しろ二ヶ月以上会えなかったのだ。心も体も寂しかったというものだ。
まず己の隊に戻ったスティールはラーディンに会った。無事で良かったと嬉しそうにスティールを迎えてくれたラーディンだったが、今ひとつ表情が晴れない。どうしたのだろうと思ったスティールはすぐに副官のオルナンからフェルナンの元へ行くよう指示された。どうやらあらかじめ伝言がされていたらしい。
ラーディンのことを気がかりに思いつつも上官であるフェルナンの呼び出しは無視できない。そうしてフェルナンの執務室に向かったスティールは同じ部屋にいたカイザードに少し驚きつつ、カイザードが運命の相手ではなかったという説明を受けた。

(カイザードが俺の炎の相手じゃない…?)

スティールは唖然とした。
止まりかけた思考は次々と疑問を浮かび上がらせる。
しかしフェルナンは時間を無駄にはしなかった。複数の書類を差し出し、印の調査結果とともにスティールとカイザードのそれぞれの運命の相手が見つかっていることを告げた。

(新しい相手がいる…?先輩にも?)

「先輩の相手はどんな方なんですか?」

スティールの問いにフェルナンは軽く眉を上げた。

「バール騎士団の将来有望な人物だよ。現在は中隊長だが近い将来、大隊長にあがることは間違いなしと言われている男だ。炎の上級印持ちで、君のように複数印持ちでこそないが、印使いの手練れだと聞いている」

年齢はフェルナンより少し下ぐらいの人物だという。

(複数印持ちじゃない…。将来有望…。じゃあ先輩はただ一人の相手を見つけられたんだ…)

胸が痛む。自分自身はカイザードのただ一人の相手にはなれなかった。今までもこれからもだ。
しかし新たなカイザードの相手はそれが与えられる。
以前カイザードに言われたことがある「自分だけを見ろ」というそれを、新たな相手は与えられるのだ。
複雑な想いが胸をよぎる。しかしここは割り切らねばならない。
自分はカイザードの相手である資格を失ってしまったのだ。

「そうですか、じゃあ仕方ありませんね。俺は新しい相手の方に会ってみようと思います。ええと…ディンガルの方ですか…」

まさかこんなことになるとは思わなかった。そう思いつつ、スティールはずっと無言のカイザードに向き直った。

「先輩、今までいろいろとお世話になりました」

丁寧に頭を下げたスティールにカイザードは青ざめたまま無言であった。
普段の快活さがないカイザードにスティールは彼もショックを受けているのだろうと思った。スティール自身、突然のことでとまどっていたが、相手じゃなかったというのだ。仕方がないだろうと思った。

不機嫌そうなフェルナンに挨拶をして、部屋を出て行こうとしたスティールに初めてカイザードから声がかかった。

「スティール。お前、俺のコーヒーの好み、知っているか?」
「濃いめのブラックでしょう?酸味がきいている方がお好きですよね」

唐突に何を言い出すのか、とスティールは思った。話が見えない。
しかしカイザードはそれで納得したようだった。そうか、と呟き、再び黙り込む。少し待ったが、それ以上の言葉はかけられなかった。
よく分からない。しかしカイザードが納得できたのならそれでいいか、とスティールは思うことにした。


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書類を見ながら廊下を歩く。

「世の中、いろいろあるものだね、ドゥルーガ」

まさか運命の相手が変わることがあるとは思わなかった。いや、間違っていたのだから、変わってはいないのだが、とまどいが大きいスティールである。
ショックが大きすぎて、頭が良く回らなかった。

「どこがどう間違っているのか、俺には判らんがな」
「同感だよ」

印は反応する、互いに開放されている、相手のいる方角まで分かるのにどうしてカイザードは運命の相手ではないのだろう。わけがわからないと思うスティールである。

「あのさ、一つの印に複数の運命の相手がいる場合ってあるのかな?」
「ある。どのような物事にも例外というものはあるからな。複数児や五感の一つが先天的に失われている障害者に現れることがある」
「複数児…」

スティールは双子だ。当てはまっている。

「相印は聖ガルヴァナ神により定められ、出生時に結ばれると言われている。そのため、複数児の場合、運命が絡み合う場合がある。だが、運命の相手が兄弟であるパターンが殆どだ。つまり兄弟とそれ以外の人物に運命の相手がいるというパターンになる。お前の場合とは違う」
「そっか…」

双子の弟サフィールはスティールの運命の相手ではない。スティールは小さくため息をついた。

「俺の運命の相手ってどんな人だろ。また年上かなぁ」
「さぁな」
「気が重いなぁ」
「ならば会わなきゃいい。お前の印はもう解放されている。無理に相手に会う必要はない」

火の印が解放されているためか、ドゥルーガは新たな相手に興味がなさそうだ。

「でも相手には俺だけだよ、きっと。だったら会わないと。俺の都合ばかりで動くわけにもいかないしさ」

言いつつも気が重い。さきほど全く笑みを見せてくれなかったカイザードのことが気がかりで仕方がない。フェルナンも心なし不機嫌そうな様子だった。せっかく王都に戻れたのに全く気分が晴れない。とんだハプニングだと思う。

「会う意味は全くないと思うがな」
「だから俺の都合ばかりじゃいられないんだってば、ドゥルーガ」
「そうか?」

このとき、スティールはカイザードのことと、これから会う相手のことについて悩んでいて、ドゥルーガの言葉の意味を深く考えなかった。
のちにスティールはこのことを深く後悔することになる。


<END>
賛否両論ありそうなラストですが、次回作に続きます。
スティールとカイザードに関しては、次からがメインになります。
(印の質問がたくさん来そうですが、ネタバレになりそうな質問にはお答えできません。あらかじめご了承くださいませ)