右翼の旗艦、海軍副将軍アルドの船は激戦区の最前線にいただけあり、あちらこちらが破壊されていた。
狙われやすい立場や場所に位置していたというのに、船自体が致命傷を負っていないのは、手練れが多く乗っていたからだろう。
スティールはすぐに船内へ連れて行かれた。
案内された室内は少し焦げくさい臭いが漂っていた。
医務室らしいベッドにはアルディンが寝かせられていた。腹部付近を負傷している。
すぐに治療せねばならないのに、医師が誰も側に近づこうとしない。それどころか誰も近づこうとせず、遠巻きにしているという異様な光景だった。
「来たか、紫竜の使い手。手間をかけさせてすまんな」
やはりやや遠巻きにしていたシードがため息混じりに呟く。
「あの、俺はあまり腕がよくないのですが…」
「『聖ガルヴァナの腕』が使えるなら誰でもいい。応急処置だけでもいい。頼む」
「は、はいっ」
理由が分からない。しかし、スティールが治療せねばならないのは確からしい。
そのままスティールが近づこうとするとすると、炎の気が目の前をよぎった。
ぎょっとしたスティールが後退する前に、炎の気は目前で見えぬ壁に遮られたように消えた。
パチッと雷がはじくような音が聞こえる。ドゥルーガだ。
「アルディン、こいつは『聖ガルヴァナの腕』の持ち主だ!お前に触れずに治療できるやつだ。だから少しは耐えろ!!」
「あ、あの、シ、シード、様っ」
「すまねえな。どうしても誰かに触られることが耐え切れねえらしい。無理強いしようとしたら吐きそうになってる始末だ。毒のせいで敵も味方も判らない錯乱状態に近いんだ。手に負えねえ。武術の腕がいいだけにヘタに手出しできなくてな」
お前なら殺されることだけはないだろうと思って呼んだ、とシード。
確かに殺されることはない。今もドゥルーガが間一髪で防いでくれた。しかしそんな理由で呼ばれたというのも複雑だ。
「今からこいつの動きを封じる。その間に何とか治療してくれ」
「あ、それならこっちが何とかします。…ドゥルーガ」
「仕方ねえな」
バチッと音が響く。電撃を弱く放ってアルディンを気絶させたのだ。てっきり体を乗っ取るのだろうと思っていたスティールは何とも荒っぽいやり方に青ざめた。
「おい、ドゥルーガッ!!」
「心配するな、問題ない」
ドゥルーガがそう言うのなら本当に問題はないのだろう。そして今は一刻を争う。
(とにかく治療しなきゃ)
スティールの左腕にある緑の印が輝き、緑色に光る半透明の腕が現れる。
その間に周囲にいる介護士たちも動き始めていた。アルディンが意識のない間に少しでも治療をしたいのだろう。
「かなり出血がひどい、このままじゃ…」
焦るスティールに答えたのは低いバリトンの声だった。
「体温を下げ、体の活動を抑えておこう」
黒に近い藍色の小竜はアルディンの顔の側に降り立つとそう告げた。次の瞬間、周囲の温度まで少し下がったように感じられた。
「仮死状態に近い、ぎりぎりの状態まで下げるぞ。このままでは毒が回って死ぬ」
淡々と告げる藍竜にスティールは頷いた。傷の大きさや出血量、そして使われた毒を考えれば一刻を争う事態なのだ。
「…すみません、俺じゃ本当に時間稼ぎしか……。腕の良い医師がいらっしゃればいいのですが…」
それも一人ではダメだ。複数人はいるだろう、とスティールは思う。
海軍の介護士に問えば、相手は首を横に振った。
「あいにくだが海軍にはいない。他にも負傷者は多いし、陸の医師を呼んだ方がいい」
「『10の腕を持つ』と呼ばれる凄腕の医師がいるんだが、彼は海軍と海賊の戦いには関わりたがらないからな…」
「そんな凄腕がいらっしゃるんですか!?」
「あぁ、ここらじゃ有名なんだが、目立つのを嫌い、どれほど厚遇を約束しても雇われてはくれない。そして海賊だろうが海軍だろうが誰でも看てくれる。ミスティア家の加護がある人物なのでヘタに手出しもできなくてな」
「そうですか…」
「ともかく急いで陸にお連れするしかない」
今も船は猛スピードで陸に向かっている。
ドゥルーガとラグーンのアドバイスを受けつつ、スティールは必死で印を動かした。
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アルディンの付き添いはスティールがすることになった。
アルディンが医師を幾人かやけどさせてしまったため、医師たちがおびえてしまったことと、負傷者が多くて医師たちの手が回らなかったためだ。
アルディン専用に設けられた船室でスティールは眠るアルディンに付き添った。
ベッドの開いたところには二匹の小竜が座っている。
小さなもう一匹の竜はラグーンといい、七竜の一つ、藍竜であるという。無口な竜のようで殆ど口を開かない。しかし無視しているわけではなく、そういう性格のようだ。
普段は海の底に眠っていて、大きな海蛇の姿をしているのだそうだ。
わけあって眠りが浅くなっていたところにドゥルーガの気配を感じたため、起きたのだそうだ。
「こいつは人間嫌いでな」
「そ、そうなんだ。海の上で騒がしくして申し訳なかったかな」
「さすがに海の底までは聞こえないだろうよ。本気で騒がしいと思っていたら貿易港の近くの海などで眠るわけがない」
「まぁな」
別にどこの海だからと決めて眠っているわけではないらしい。
今回は何百年ぶりかにドゥルーガの気配を感じたため、起きたのだそうだ。
そして人間嫌いとはいえ、過度の人間嫌いというわけではなく、アルディンの治療を手伝ったことからも判るように、単に普段、人間と接する気になれないだけらしい。
ドゥルーガはラグーンの体を眺め、時折、小さな手で触れている。
「…羽根づくろいでもしてるの?」
「するかっ!ただ見ているだけだ。それよりもスティール、少し眠れ。この人間は見ておいてやる」
「う、うん、じゃあ仮眠とらせてもらうよ。ありがとう、ドゥルーガ、ラグーン」
七竜二匹がかりでアルディンを見ていてくれるのなら安心だろう。スティールはソファーで少し眠ることにした。
七竜を二匹も連れて旗艦に来たことで、実は密かに注目の的になっているスティールであったが、当人はアルディンの治療に必死で全く気づいていなかった。