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◆断片的な海のように(7)


一方、スティールは海軍の船に乗っていた。
近衛騎士は班ごとに分けられ、複数の船に乗せられていた。
船の操舵を担当する兵、戦闘専門の兵、周囲の哨戒専門の兵、という感じで船に乗る海兵はそれぞれ担当が決められている。
近衛騎士は戦闘専門であり、臨時増員だ。

「火は多用しないんだ。船ってのは木造だ。火は強力な攻撃となるが、諸刃の剣でもある。乱戦中に自分の船に燃え移らないとも限らないからな」

当然ながら海上では満足に土の印も使えない。
よって、水と風の印が中心となるという。

敵は最大の海賊フェルベールとなった。10隻以上の船を持つ大海賊だ。
こちらは敵の倍以上の数の船を出し、総力戦となった。

飛んでくる弓矢を風の印が防ぐ。
同じく矢のように水の刃が敵の船に降り注ぐ。
そしてそれらを防ぐのも水のシールドだ。
海上は嵐のように揺れているが、不思議に船は思ったほど揺れない。船を守る水の印を操る者がいるのだ。
複数の海軍船は激しい戦いにもかかわらず、乱れることなく秩序を持って動いている。
二人の海軍トップが右翼と左翼を率いて指揮しているのだそうだ。

「海軍はトップが入れ替わったばかりだが、現在のトップは元々知名度が高く、その実力はよく知られたお二方だからな。大きな混乱はなく、まとまっているという」

その二人、アルドとマックスは親友同士であり、気心も知れているのだそうだ。
二人の確かな士気のおかげで戦いは優勢を保っている。

スティールが乗っている船にはコーザとラグディスも一緒だ。
武術の腕はスティールよりはるかに確かな二人だ。よく動いている。
飛んでくる弓矢をあっさりと剣で払い落とし、風の刃で反撃をしているのはコーザ。
近づいてくる敵だけを倒し、防御に専念しつつ、近くにいる弓矢担当の海軍兵たちの力になっているのはラグディスだ。
一方、スティールはというと、戦い慣れていないため、自身の防御に専念していた。情けないが、印の大技しか持っていないスティールは、周囲に被害を与えずに戦う術が思いつかないのである。

「お前、ふらふらして危なっかしいな、海に落ちないよう気をつけろよ」
「せめて自衛だけはしてくれよ」

海軍騎士には不安げな視線を向けられ、注意されている有様だ。
激しい波に揺れ動く戦場では足場も不安定だ。運動神経がお世辞にも良いとは言えぬスティールはコーザたちのようにすぐ慣れることもできずにいる。揺れる船上では転んでしまいそうで、走り回ることができないのだ。
飛んでくる矢の大半は周囲の仲間が払ってくれているが、たまに防ぎきれなかったものが飛んでくる。それらをはじいてくれているのは雷撃。ようするにドゥルーガだ。完全に守られっぱなしである。ちなみにドゥルーガは普段と同じく小手状態だ。

「おまえさん、陸軍のくせになかなかやるな!」
「同感だ」
「ハハッ、ありがとな!」

海軍兵によき評価を与えられているコーザを見つつ、スティールはこっそりため息をついた。実に情けない。全く戦えていないのは己だけだ。

「起きたか」
「何か言った?ドゥルーガ」
「いや………ん?来るぞ」

何が?と問う暇もなかった。
ドォンと、何かが海から巻き上がった。
氷の竜だ、と思った次の瞬間、その竜が砕け散り、巨大な氷の刃になって、近くにいた船に飛んでいく。ドン、ドンという轟音とともに氷の刃は視界にいた三隻の船を次々に串刺しにしていった。船は真っ二つになって海へ沈んでいく。
目にした光景と飛び交う悲鳴にスティールは真っ青になった。

「な、何、あれ!?」

瞬く間に状勢は劣勢になる。

「上級の合成印技だ!!」
「大変だ!!」
「味方が……!!」

海のど真ん中だ。たとえ泳げても岸まで泳げるわけがない。急いで救出する必要がある。
しかし周囲には複数の海賊船。救出作業に専念している余裕はない。

「また来るぞ」

慌てる周囲に対し、一人冷静なのはドゥルーガだ。小手状態のまま、淡々とスティールに告げる。

「また!?」
「あれは風と水の上級印技『氷龍(ラ・ウィーダ)』だ。敵にかなりの使い手がいるようだな。しかし、これだけ互いの船が密集している海域で大技を放つとは。通常は味方にまで被害が及ぶので避けるものなのだがな。どうやら捨て身できたと見える」

冷静に分析する小竜に対し、スティールは大慌てだ。

「あんなのがまた来たらたまらないよ!ど、どうにか防げないかな?」
「味方に被害を与えてもいいなら、何とかするが」
「味方に被害を与えない方法じゃないと…」
「距離があるからな。目前にきた分ぐらいなら防げるが」

ようするに無理らしい。

「ん?波動が二つ。これは連続で技が来るな」
「ええー!?」

最初に発動が見えたのは、さきほどと同じ技『氷龍(ラ・ウィーダ)』だ。やはり海から大きな水が巻き上がって、巨大な氷の竜を形作る。
しかし今回は味方も予測していたのだろう。その氷の刃を巨大な複数の炎球が襲った。氷の刃を降らせる前に、竜は砕けて海へ水没していく。
しかしその『氷龍(ラ・ウィーダ)』を破壊している間に、別の上級印技が生み出された。バチバチと派手な音を巻き起こし、稲妻を飛び散らせる巨大な竜巻のような技、雷華陣(グ・ランガ)だ。相反する印である炎と水の上級印技であるため、使用者が少ない上級印技は『氷龍(ラ・ウィーダ)』に気をとられていた海軍側の船を次々と砕いて海上を進んでいく。
途中、制止しようといくつかの技が飛んだが、強靱な技なのだろう。殆ど威力が衰えぬまま進んでくる。

「ドゥルーガ、技が来る!!」
「雷か。俺の得意技だぞ。…ちょうどいい、スティール。水の技を覚えたいなら体で覚えろ」

俺を飲め、と告げるドゥルーガにスティールは顔を引きつらせた。

「ええ!?今っ!?」
「急げ、技が来るぞ」

スティールは慌てて近くの扉から船内に飛び込んだ。
船内には樽が置かれていて、側には器も置かれている。喉が渇いたときに飲めるようになっているのだ。
器を手に取るとドゥルーガは前回と同じように液体になって入った。
スティールはやけになって液体となったドゥルーガを飲み込んだ。

「行くぞ、相棒。これが『雷華陣(グ・ランガ)』だ」

スティールの体の主導権を奪ったドゥルーガは船上に飛び出すと、両腕をあげ、火と水の印を同時発動させた。
スティールの頭上で生み出された巨大な火柱と水柱は、瞬く間に絡み合い、稲妻の竜巻へと変化する。

「舞え、マイティスとグレンディスよ!!『雷華陣(グ・ランガ)!!』」

ドゥルーガはその稲妻の竜巻を飛んでくる敵の『雷華陣(グ・ランガ)』にぶつけた。
間近で二つの大技がぶつかり、バリバリと大きな音を立てる。
同じ種類の技は当然ながら威力がある方が勝つ。
発動されたばかりの『雷華陣(グ・ランガ)』は複数の船を砕いた後で威力が弱まっていた敵の『雷華陣(グ・ランガ)』を消滅させて消えた。海上をそのまま進んだら、海上に落ちた味方に被害を与える危険性があったからドゥルーガがわざとそうコントロールしたのだろう。

(すごい威力だ…)

周囲の海軍騎士たちの驚愕の視線を感じつつ、スティールはさすがドゥルーガだと思った。自分では無理だ。

「お前の体だぞ、相棒。ついでだ、水の技も覚えろよ」

続けてドゥルーガは別の技を発動させた。
頭上に生み出されたのは氷の刃で出来たようなドーナツ型の大きな円盤だ。

「行け!!氷刃花(ラ・ジーター)!!」

はりねずみのような氷の円盤はそのまま空中を飛んでいき、敵の船に氷の刃を降り注いでいく。
ドゥルーガはその円盤を次々に生み出し、敵船へと放っていく。
円盤はどれも最後は一番大きな敵船にそのまま体当たりして消滅した。

「さて全部沈めればいいのか?」

ドゥルーガがそう呟いた時、味方の救出のため、縄ばしごをだしたり、味方を船上へ引き上げたりしていたコーザが振り返った。

「スティール、よくやった!!もういい。撤退の合図が来た!!防御に専念するんだ!!」

スティールがそれに答えようとしたとき、海賊たちが慌てた様子で去っていくのが遠目に見えた。
同時に『海中に影が』『巨大な海獣がいる』という声が飛び交うのが聞こえてくる。

「なんだ、あれは!?」

味方救出のために船縁から海上を見下ろしているラグディスの声が驚きに彩られているのが判る。
その隣にスティールが行くと、確かに海の中に何か大きな生き物の影が見えた。ゆらりとうごめく影は相当に大きい。この影を持つ生き物が海上に姿を現したらいったいどれほどのサイズになるのだろうか。

『あのシーサーペントに違いない』
『シーサーペントだ』
『撤退せねばまた波に飲み込まれるぞ!』
『あのときは大きな被害が…』

どうやら海兵たちはこの生き物のことを知っているらしく、騒いでいる。

「し、シーサーペント…?なに、それ…?」
「気にするな、その図体じゃ出てこないように今言った」

いつの間にかスティールの体から抜け出したらしいドゥルーガがそう告げ、鳥のように船の縁に留まる。
数分後、その言葉通り、影はいつのまにか消え、ドゥルーガの隣に色違いの小竜が海から飛び出してきて、留まった。

「よぉ、ラグーン」
「久しぶりだな、ドゥルーガ」

どうやら知り合いらしい。
シーサーペントと何の関係があるのか。そしてどういう知り合いなのか。
スティールが問おうとしたとき、コーザの声が飛んできた。何が起きたのか青ざめている。

「おい、スティール、急いで本船へ行け!!右翼の旗艦アルド海軍副将軍の船だ!!」
「え??」
「アルディン様が負傷されたらしい!お前、聖ガルヴァナの腕が使えるだろう!?急げ!!」

『聖ガルヴァナの腕』は緑の上級印技の一つで治癒の技だ。

「は、はいっ!けど、どうやって移動を…」

スティールは風の印が使えないため、空は飛べない。
水の印を操れば、海の水を使うことで移動できないことはないだろう。しかしそういった小技がスティールは得意ではない。

「連れて行ってやる」

その言葉と同時にコーザに抱きしめられ、スティールは驚いた。そのまま空中に浮かび上がる。コーザは風の上級印技の持ち主で手練れだ。人を一人連れて行くぐらい可能なのだろう。
ラグディスの複雑そうな視線を視界の端に入れつつ、スティールはそのまま空中を飛んで、右翼の旗艦へと連れて行かれた。それを追って飛んでくるのは二匹の小竜だ。

「お前が起きるとは珍しい」
「少し前にあのトラブルメーカーに叩き起こされてな……お前の使い手、緑の印も持っているのか?」
「こいつの曾祖父はロスの使い手だったらしい。本来、緑の家系なんだ」

小竜たちはそんな会話を交わしていたが、スティールの耳には入らなかった。