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◆断片的な海のように(5)


一方、スティールは港町ギランガに向かっていた。
大軍による遠征なので常よりも時間がかかる。しかも遠方なので尚更だ。
基本的に野営は同じ隊の者たちと一緒になる。
スティールの場合、コーザ大隊からの派遣組で組んであるので、コーザやラグディスと同じ隊だ。

「スティール、お前、俺の隣な」

初日の野営の日にコーザからそう命じられ、スティールはコーザの隣で眠っていた。

「俺は壁際で休むから、俺の隣はお前限定だ。ラグディスに替われと言われても変わるなよ」
「は、はい」

案の定、夜にはラグディスに恨めしげな顔をされたが、上官に命じられたため、どうにもできないスティールである。
結果的にスティールはラグディスとコーザに挟まれて眠ることになった。
すると思わぬ余波が起きた。同じテントの者たちに羨ましがられたのである。

「お前の隊、美形揃いだな」
「は?」
「コーザ大隊長もいい男だが、あの藍色の髪の騎士なんてすごい美形じゃないか。
お前仲がいいんだろ?二人に挟まれて眠ってて。く〜、うらやましいよ!」
「全くだ。変わりたいよ」
「ほんとにな」

思ってもいなかったことを言われ、スティールは驚いた。コーザとラグディスの容姿について考えたことが殆どなかったからである。

(そういえば…二人とも格好良かったっけ……)

恋人の容姿がずば抜けているので、耐性ができてしまっているのか、あまり他人の容姿について考えないスティールである。
救いは嫌がらせが発生しないことか。さすがに騎士というべきか、幼稚な嫌がらせは行わないのだ。
一方、コーザとラグディスは自分たちが周囲にどう思われているか、全く気づいていなかった。

「スティール、お前、抱き癖があるだろ?」
「え?あぁ、あるかもしれません」

コーザに問われたスティールは頷いた。
昔から眠っているときは側にあるものに抱きつく癖がある。
それは双子の弟に指摘されていたのでうっすらと自覚していたスティールである。

「だろう?俺、よくお前に抱かれてるよ」
「そ、そうですか、すみません」
「気にするな。俺は気にならないから」

他人に聞かれたら危険な会話を交わしつつ、コーザは笑った。
案の定、近くにいるラグディスが眉を寄せている。

「ギランガは、生まれ故郷なんだ」
「そうなんですか。士官学校もあっちなんですか?」
「あぁ。俺はミスティア士官学校の出身でな」
「へえ。アルディン様もそうなのかな」
「いや、違うぞ。あの方は直接、近衛軍に入られたんだ。士官学校出身者じゃない。
そして副将軍のシード様はディンガル士官学校出身のはずだ。第五軍のお二方は揃って、王都士官学校出身じゃないのさ」
「め、珍しいですね」
「そうだな」

近衛騎士団は王都士官学校出身者が多い。
選抜生は王都士官学校に集められる上、学校自体のランクも飛び抜けているからだ。

その第五軍の二人は今回の遠征の責任者だ。

将軍のアルディンはミスティア家の長男だ。
戦場となる海がミスティア領のため、地元ミスティア家からの待遇が非常に良かった。
ミスティア領に入った途端、遠征用の物資がたっぷりと補充され、行く先々で炊き出しなどの準備があり、とどめは宿だった。将軍位用に高級宿泊施設が準備されていたのだ。

「戦場に行くのに宿に泊まる必要なんかあるか!」

そう言ってシードはあきれていたが、ミスティア家のぼっちゃまを天幕などに眠らせることはできないと地元の人々に泣きつかれ、巻き込まれる形で宿に泊まっていた。

「それにしても…綺麗ですね」
「だろう?ミスティア領は豊かなんだ」

しっかり整備された道、治安もよく、通る町も活気に溢れて賑やかだ。
当然、道行く人々にも笑顔が多く、物乞いなどは殆ど見られない。
豊かで綺麗な町。それは領主が善政を敷いている証だ。暴君ではどれほど土地から収入があっても、民まで豊かにはならないのだ。

「さすがはミスティア家だ」

そう言うコーザも生まれ故郷のことだからか、誇らしげだ。
そうして一行は約三週間ほどをかけて、ギランガにたどり着いた。


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ギランガに到着した一行を出迎えてくれたのは海軍関係者とギランガの頭領家であった。
もっとも頭領その人はアルディンと何らかの会話を交わした後、他の仕事があるとかで、あとを息子に任せて立ち去ってしまった。
残された息子の方はアルディンらと同世代であり、アルディンの友人でもあるという。
彼はシードの婚約者であるということで近衛軍関係者の注目を浴びていたが、当人は至って仕事モードで会話を交わし、全く甘い雰囲気を見せなかった。

「優秀な方のようだな。さすがは国内最大の港町の後継者殿だ」

同席したコーザは感心したが、ふと見ると第五軍の隊長らの雰囲気が暗い。
シードたちを見てはため息をついているのだ。

「…士気が落ちてるようだな、困ったもんだ」

上官の色恋沙汰でやる気をなくすなど、騎士として情けないと思うコーザである。
当のシードは仕事で頭がいっぱいのようで部下の様子に気づいていない。もっとも気づくような人物だったら、今の状況はなかっただろう。シードは部下からの好意には鈍い人物なのだ。
加えてアルディンが更に鈍い人物なので、状況は改善されぬままだ。

「じゃ、俺はこいつの家に泊まるから、何かあったら連絡をくれ」
「ああ、判った」

シードはサラッとその場に爆弾を放つと、婚約者と一緒に部屋を出て行った。
あっさりと承諾したアルディンはその場の雰囲気に気づくことなく、部下に準備をするよう言いつけた。
確かに問題はないだろう。今回の関係者でもあるギランガの頭領の家はおもいきり地元だ。目と鼻の先なので何かあってもすぐ駆けつけられる。

「いい男だね、次のギランガの頭領殿は。次も安心だ」

友人たちの意見には同感のコーザだったが、第五軍の士気の低さはどうにかならないものか。
先行きが思いやられるコーザであった。


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ギランガの料理は美味しかった。
スティールにとっては食べ慣れぬ海魚を使用した料理だったが、新鮮な食材を使った料理はどんな土地でもおいしく感じられるものである。
宿の食堂で、塩を振って焼いただけの魚をかじりつつ、スティールは上司コーザの説明を聞いた。

東の海には無数の海賊がいるという。
その中でも実力が飛び抜けている五つの海賊が五大海賊と呼ばれ、恐れられているという。

複数の船で船団を作り、組織的な動きをし、もっとも規模が大きなフェルベール。
歴史が古く、一騎当千の海賊たちが乗るディガンダ。
茨の蛇の入れ墨を持ち、代々、女海賊がトップに立つベルウェナ。
人身売買や希少生物を狙うサルヴァドス。
最近急速に実力をつけてきた新進の海賊、ティスコ。

…以上が五大海賊と呼ばれる海賊たちだそうだ。

「おそらく今回はディガンダ、サルヴァドス以外の海賊たちが相手になるだろうということだ」

そうコーザは自分の部下に説明した。

「何故です?」

スティールの近くにいた別の騎士が疑問を問うと、そう問われるのを予想していたかのようにコーザは頷いた。

「そう思うのは当然だろうな。サルヴァドスはトップが代替わりしたばかりで落ち着いていないそうだ。最近は目立った活動をしていない。ディガンダは活動範囲が違うらしい」

「なるほど…」

「いずれにせよ、五大海賊と呼ばれるほどの海賊船には必ず上級印持ちがいる。戦い慣れた海賊ばかりだ。陸戦が主の俺たちは海戦には不慣れだからな、無理はしない方がいい。海軍の足を引っ張らないように戦うべきだろう」
「そ、そうですね」

元より近衛軍は海軍の補佐として来ている。
メインの海戦は海軍が担うことになる。

「スティール、気をつけろよ。お前の武具は狙われるに違いないからな」
「は、はい」

さすがに海上で狙われてはたまらない。
目立たないように気をつけようと思うスティールであった。