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◆断片的な海のように(4)


思わぬ事実がフェルナンの元へもたらされたのは、スティールたちが王都を起って、約二週間後のことであった。
報告を受けたフェルナンはカイザードとラーディンを呼び出した。
現在のところ、フェルナンとは個人的な交流は皆無のカイザードとラーディンは、仕事上の用件だろうかと思いつつ、軍団長の執務室を訪れた。

「本来は…カイザード、君だけを呼び出して告げねばならないことだが隠しきれるものでもないのでね。関係者であるラーディンも呼んだ。悪く思わないでくれ」

フェルナンの表情は苦い。
そのことから良くない内容らしいと呼び出された二人は悟った。

「カイザード。君はスティールの相手ではなかったらしい」
「……は…?」

唖然とするカイザードにフェルナンは書類を差し出した。
それは人事部経由で送られてきた騎士の印に関する報告書の一つであり、北のディンガル騎士団にスティールの相手が見つかったという。
調査の結果、そちらの人物の方がスティールの相手である可能性が高いという。
呆然と書類を読むカイザードにラーディンは同情の目を送りつつ、フェルナンに問うた。

「そんなことがあるのですか?俺たちはスティールと出会ってもう何年も経っているというのに」
「騎士団のデーターは士官学校と共通ではない。そして各騎士団と近衛軍の騎士データーは事情がある場合、交換されることがある。今回はディンガル騎士団からの要望で情報交換が行われ、この事実が発覚した。軍の人事部の印の調査機関は、今回の報告に自信を持っているということだ」

ディンガル騎士団は王都の北西に位置する。大国である西のガルバドスと北のホールドスが攻め込んできた際はどちらにも出陣する出動率の高い騎士団だ。近衛軍に増員要請が来ているという話は聞いていた。

一方、士官学校での印の調査は学校の教師たちが自主的に調べているにすぎない。どちらの調査が正確であるかは問うまでもないだろう。

「…スティールは…二ヶ月ぐらい戻らないんですよね?」
「遠征だからね。長引く可能性はあっても縮まる可能性は少ない」

そこでようやく、無言だったカイザードが口を開いた。

「…スティールの相手はいつ王都へ来るんですか?」

カイザードのまなざしを受け、フェルナンは軽く眉を寄せた。

「いや、まだ決まっていない」
「そうですか……。決まったら教えてください」
「…何をする気だい?」
「……」

答えぬカイザードをフェルナンは無言で見つめ返した。
その張り詰めた雰囲気にラーディンは眉を寄せる。
快活なカイザードの常になく暗い眼差しも、そのカイザードを無言で見つめ返すフェルナンの冷たい視線も、ひどく居心地の悪いもので気分が悪かった。
元々、ラーディンとカイザードはフェルナンと交流がない。スティールという存在がなかったら、遠い上官と下っ端の部下という関係でしかないのだ。そのスティールがいないこの空間は全く慣れない。

(頼む、スティール。出来るだけ早く帰ってきてくれよ…)

思い詰めた雰囲気のカイザードも心配だが、そのカイザードに冷たい視線を向けるフェルナンも不安要素を掻き立てる。
こんなことでお互いの人間関係のバランスを崩したくない。
いずれにせよ、目の前の二人を止めることが出来るのはスティールだけだろう。いろんな意味で彼だけだ。
スティールがこの事実を聞いて、どんな結論を出すのか判らない。それでもこの雰囲気だけは何とかしてくれるだろう。

(あいつ、どんな結論を出すんだろ)

運命の相手というところに、ややこだわりを見せることがある親友だ。案外すっきりとカイザードを切り捨てるかもしれないし、執着を見せるかもしれない。こればかりはスティールにしか判らない。
いずれにせよ、はっきりしている事実がある。
スティールの炎の相手はカイザードではない。残酷だがそれが事実なのだ。