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◆断片的な海のように(2)


翌日。スティールに相談を受けた上司のコーザは、優秀な水の印使いと聞いて、即答した。

「内陸の水の印使い?そりゃ、なんといってもカーク青将軍だろう」

答えはもらえた。しかし青将軍といえば隣国の将だ。味方ではない。
スティールは顔を引きつらせた。さすがに印を教えてくれとは言えないだろう。

「敵将ですか…」
「あぁ彼の水の印はきわだってる。細かな氷の飛礫を身に纏って攻撃してくるんだ。細かい上、強靱だから防ぐのは難しい。その上、風の印も持っているからな。
多重印持ちの彼は、巧みな合成印技の使い手だ。敵としてはこの上なく手強い。戦場で見かけたら絶対に逃げろよ、スティール。まともに戦おうなどと思うなよ」
「は、はい」
「正直、俺も戦場では戦いたくない相手だ」

だが残念ながら会う機会はあるだろうとコーザは告げた。

「カークは知将ノースの側近中の側近だ。同格だったダンケッドが黒将軍に上がった今、ノースの部下では筆頭になった。ノースは絶対、最前線に出てこないから、ノースの手足となり、軍を指揮しているのは彼だ」

だから絶対遭遇すると言い切るコーザにスティールはゾッとした。

「ところでスティール。戦場で青竜に遭遇した場合、勝てそうか?」
「いえ。ドゥルーガは鍛冶師なので勝てないと思います」

戦闘職ではないと告げるとコーザは苦笑した。

「おまけに使い手がおまえさんだからな。やはり無理か。判った。聞いてみただけだから気にするな。あんな巨大な蛇に勝てとは言わん」

はい、とスティールは頷いた。


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「うう、解決にならなかった…」

結局有力な情報は得られず、寮の自室に戻り、スティールはベッドに突っ伏した。
水の印、水の印と繰り返す使い手にドゥルーガは羽根づくろいをしつつ答えた。

「印など鍛冶に使えれば特に問題ないと思うがな」
「いや問題あるから」

鍛冶にさえ使えればいいというのは完全にドゥルーガだけの事情だ。さすがに同意できないスティールである。
すると小竜はフンと鼻で笑った。

「そもそも内陸で水の技を多用する機会があるわけがない。攻撃力では火に劣り、防御力では土に劣り、スピードでは風に劣る。それを上回る能力を求めるのであれば、相当な手練れにならねば無理だ。その点、お前は他の印がある。無理に水の印を磨くより、火と土を磨いた方がよほど効率が良い」

冷静な小竜の指摘にスティールは憤慨した。

「酷いよ、ドゥルーガ。お前が水の印は中和に向いていると教えてくれたんじゃないか」

そのために水の印を練習しようと思ったのにと告げる使い手にドゥルーガはちらりと視線を向けた。

「炎蜘蛛陣は使えるだろ?」
「え?うん、何とか…」
「合成印技は射程範囲が広い。そいつを放てばカイザードなど一発だ」
「そんなことしたら先輩を殺しちゃうだろ、ドゥルーガっ!!」
「戦場とはそうしたものだ。殺し合いの場だからな。殺し合いの練習をするのに殺さないで練習とは矛盾しているぞ。そもそも俺なしの練習が何の役に立つんだ、相棒?」
「お、俺の戦いの腕が磨かれるんじゃないかな?」
「戦いの技などとっとと忘れて、俺と鍛冶の道に入るつもりはないのか?」
「な、ないんだ、今のところ」
「お前は本番に強いタイプだ。練習などという無駄なことはやめておけ」
「お前、協力してくれてるのか、俺をけなしているのか判らないよ、ドゥルーガッ」

ドゥルーガは羽根をたたむと改めて己の使い手に向き直った。

「カイザードと練習する理由は?いずれガルバドスと戦うのだろう?」
「う、うん、その確率は濃厚だよ」
「つまりディンガと戦うわけだ」

スティールはハッとして顔を上げた。青竜はドゥルーガの同族だ。

「む、無理しなくていいから、ドゥルーガ。せめて死なない程度に頑張りたいから協力してほしいけど、でも無理なら別にいいんだ。人間の事情に巻き込めないからさ」

優しい相方にドゥルーガは胡乱気な視線を向けた。

「以前から気になっていたが」
「ん?」
「お前、俺がディンガに負けると決めつけていないか?」
「え?だ、だってとっても大きいらしいじゃないか。どうやって勝てるんだよ!?無理しなくていいって!」
「大きいってお前な。俺たちにサイズは関係ない」
「…え?じゃ、じゃあ勝てるの?」
「さぁな。ヤツの使い手の実力も判らない以上、勝てると断言はできねえな」
「そうか…」
「一つだけ言えるとすれば戦場というのは意外と頭脳戦だということだ。駆け引きをしつつ、うまく切り抜けた方が生き延びる」
「う…」

戦場での駆け引きなど考えたこともない。いつも必死でそんなことを考える余裕などないのだ。そしていつも助けてくれるのがドゥルーガだ。常に冷静さを失わぬ小竜は、いつも的確なアドバイスでスティールを助けてくれる。

「ドゥルーガは、印のいい練習方法ってどうすればいいと思う?」
「体で覚えるんだな」

結局実践あるのみらしい。
やはりうまい方法なんてあるわけないよな、とスティールはため息をついた。