スティールは寮の自室で手足に薬を塗っていた。訓練でやけどをしたのだ。
「うーん、先輩の攻撃を防げないなぁ」
今日も完敗し、スティールはため息を吐いた。
カイザードは炎の印での攻撃が得意だ。闘技場で彼と一緒に練習したのだが、攻撃をうまく防ぐことができず、火傷だらけになってしまった。
先輩と後輩だからという言い訳は通じないことをスティールは自覚している。なぜなら一緒に練習したラーディンはちゃんと防御に成功していたからだ。
士官学校時代は劣等生であったスティールだが、印の授業だけは優等生だった。少しは得意だった自覚があるだけにショックを受けているスティールである。
騎士という職業柄、苦手です、とすませられる問題でもないから尚更だ。武器による戦いがまるっきり駄目なスティールにとって、印は命綱でもあるのだ。
「手加減しているからだろう」
テーブルの上で羽根づくろいをしつつ小竜はあっさりと告げた。
「手加減?…してないよ、俺は。そんな余裕ないし」
「いや、しているぞ。俺はお前の体を使ったことがある。お前の印は威力だけならカイザードを上回ることができる。手加減していないというのであれば無自覚なだけだろう」
小竜が言う『体を使ったことがある』というのは、フェルナンを助けたときのことだろう。
確かにあのときドゥルーガは、スティールの体を使って、印の大技を連発していた。
「お前には躊躇いがある」
「……」
「コントロールがヘタだからな、お前は。あんな狭い闘技場で全力を出すと防御どころかカイザードを傷つけかねないと思っているんだろう。だから無意識に手加減している。実際、土の印じゃ、あの闘技場では加減しないと闘技場自体を破壊してしまうだろう」
スティールたちが練習に使用した闘技場はさほど広くはない。複数ある一般騎士向けの闘技場の一つなのだ。周囲も煉瓦で出来た塀で囲まれているだけのシンプルな作りをしており、丈夫とは言えない。もっとも野外なので練習にはこれで十分なのだ。
「うーん…そうなるとコントロールを練習するしかないのかぁ…」
結局練習しかなさそうだとスティールが思っていると、当然だと小竜が頷いた。
「後は別の技を使うか、だな」
「別の技?どんな?」
「中和術だ。中和術というのは基本的には相反する印の技を使用し、その場合………説明が面倒だな。ようするに火に水をぶっかければいい」
単純明快だろうとドゥルーガ。
「水―!?お、俺、一番苦手だよ、ドゥルーガ!」
更に無理そうだとスティールは嘆いた。
炎、水、土、緑の中で水が一番苦手なのだ。
「それじゃ土の印で中和するか?だが相反する印じゃない場合、相当な威力と難易度になるぞ?」
「え………じゃ、じゃあ緑!緑で中和はできないの?」
一番得意な印ならば、と思って問うたスティールであったが小竜はあっさりと却下した。
「無理だな。緑の印は炎の中和に適していない。他の印ではもっとも適しているのが土だ」
「う……」
「だが相反する印以外での中和術というのは、かなりの難易度を誇る。だから一番手っ取り早いのは水で炎を消すことだ」
「う……水は苦手なんだよなぁ…」
その場にある水を操るだけならば意外と簡単なのだ。しかし内陸では水のある場で戦うことの方が希だ。そうなると水自体を生み出さなくてはならない。
水を生み出し、更に戦いに適する形へと変化させる。つまり冷却させ、氷の刃にする必要がある。非常に手間取るのだ。
故に内陸の騎士に水の印使いは少ない。それだけの力を持つ印を持つ者は優遇される海軍の騎士となる道を選ぶからだ。実際、上級の水の印使いは殆ど海軍に集中していると言っていい。あまり必要とされない内陸で騎士となるより、水の印で戦いやすい海軍を選ぶのは当然だ。
(でもいつまでも苦手と言っていられないしなぁ)
何しろ命がかかっているのだ。
(誰かに教わるか…)
水の印使いって誰がいただろう?とスティールは悩んだ。
水の上級印は海軍に集中している。
それ以外の優れた印使いは国王直属にそういった特殊部隊があると聞いている。しかし、スティールは彼らのことについて詳しくはない。彼らの中に知人もいるわけではない。
結局、スティールは上司に相談することにした。