士官学校から戻ったコーザは同僚ラオへため息混じりに遭遇したトラブルを話した。
「そりゃ運が悪かったな」
折角行ったのに目的を達することができなかったとは、とラオも同情的だ。
紫竜には会えたが小竜の使い手への勧誘は禁じられている。争奪戦になることが目に見えているためだ。そのため小竜の使い手に会えたところで意味はない。目的を達することはできなかった。
(しかし綺麗な子だったな)
被害にあった生徒はなるほど狙われるのが判るような綺麗な顔をしていた。青い髪、金色の瞳をした整った容姿の子だった。媚薬のせいで昂ぶる体を抑えきれずに苦しげに悶えていたので鎮静剤が効くまでの間、助けてやった。生まれが生まれのため、コーザはそういった事態に慣れていた。
「また行くんだろ?」
「一応な。今の最高学年にはめぼしい子はいないようだが、その下の学年に紅碧と異名を持つコンビがいるようだから、今のうちに声をかけておこうと思ってる」
最高学年にもなると既に勧誘の手が伸びているかもしれない。だがその下となると今がチャンスだろうとコーザは思っている。
シオン将軍もまだ何年かは現役を続けられるだろう。即戦力は得られなくても、優秀な騎士の卵を育てる時間はあるのだ。
「そりゃいいな。一応声をかけておけよ」
「あぁ」
すでにその紅碧に会っているとは思ってもいないコーザであった。
聖アリアドナの日がやってきた。
朝から噂を聞きつけた生徒達に臨時花屋もどきをやらされていたスティールは、お礼に渡された菓子だのパンだのに埋もれていた。
「花を買う必要ないんじゃない?スティールは」
そう言ってティアンが笑う。
確かにスティールは花を買う必要はなくなっていた。スティールに花束作りを頼んでいく生徒達は多めに花を購入し、スティールに依頼していく。そのため、花束作りに使わなかった余りがスティールの元へ残っていった。その量は花を何束か作れる量になってしまっていた。
「まともにご飯食べる暇もないよ…」
昼休みも別の意味で大人気だったスティールはうんざり顔だ。そこへざわりと人が揺れた。悲鳴もどきの黄色い声まで聞こえてくる。
何事かと顔をあげたスティールの視界に一学年上のペアが教室へ入ってくるのが見えた。
人気ある二人が聖アリアドナの日にやってきたので、余計に皆が反応したのだろう。その二人は真っ直ぐスティールの元へやってきた。
カイザードは卓上の山のような花に目を釣り上げた。
「……!!おっまえ、なんだよこの花束の量はっ!!」
「いえ、これは俺のじゃなくて頼まれたやつです」
「あ?お前のじゃねえのか?じゃいいや」
感情の起伏が激しいカイザードはころりと気を変え、スティールへ花束を渡した。
「俺はどぉも手先が不器用でな。これでも一応練習したんだが…」
目を逸らしながら言う。照れているらしい。
「そ、そうですか、ありがとうございます」
「俺からも。この間の礼だ」
更にラグディスからも花を差し出され、スティールは驚いた。
「そ、そうですか…ありがとうございます」
紅碧二人から花束を貰ってしまったスティールは喜ぶより驚きが強く、少し顔を引きつらせた。クラスメートたちからの驚愕の視線が痛い。スティール自身、カイザードはともかくラグディスにまで貰うとは思ってもいなかったので驚いた。花を作ることはあっても貰うことはなかったスティールにとって生まれて初めてもらった花束だった。
(ラグディス先輩、大丈夫そうだな、よかった…)
スティールは少し安堵した。それと同時に大切なことを思い出す。
(あ、お礼しなくちゃ!)
「カイザード先輩、ちょっと待っててくださいね」
慌てて机の上にある花を手にすると、スティールは見事な腕前で小さなブーケを作りあげた。色、形、デザイン共に高レベルの花束を差し出され、カイザードは喜ぶより複雑そうな表情になった。
「……お前、器用だな…」
何日かかっても満足のいく花束を作ることができなかったカイザードはため息を吐いた。
「来年はもっと練習しておく」
来年も作ってくれるらしい。
ラグディスにもお礼の花束を渡すとラグディスは笑んで礼を言った。
「ありがとう。ところで…この間の騎士、なんて言う名の方か知らないか?」
「コーザ・ルーイン。近衛第一軍第三大隊所属だとおっしゃってました」
「そうか、礼を言いにいきたくてな。ありがとう、助かった」
はい、とスティールは頷いた。
紅碧の二人は去っていき、後には驚愕の視線にさらされたスティールが残された。
「はー…やっぱり迫力あるねえ、先輩方」
初めて間近で見ちゃった!と友人ティアンも興奮顔だ。
確かに迫力がある。カイザード一人だといいかげん慣れたが、揃うと迫力が何倍も増すのがあの二人だ。
スティールは頷き返しつつ、手元の花束に視線を落とした。
片方はそれなりに整っているが、ただそれだけだ。非個性というべきだろうか。これがラグディス。
もう片方はお世辞にも綺麗な花束とはいえない。大輪の花を無理矢理まとめた感じだ。ところどころ折れた部分があるし、不揃いだ。これがカイザード。なるほど不器用だ。
(先輩にも苦手なことがあるんだな)
そう思うとなんだかおかしくて愛着が沸いた。
「嬉しそうだ。よかったね、スティール」
ティアンは興味深そうに花束を見ている。
笑った理由は違ったが、嬉しかったのは事実だったので、スティールは頷いた。
「ラーディンも花束持ってくると思うけどちゃんと受け取ってやってね。かなり悩んでたから」
ティアンに囁かれ、スティールはちょっと驚きつつも頷いた。
(そういえば俺、花束のこと考えてなかったな)
今まで貰うことも渡すこともしなかったので完全に他人事だったのだ。友人たちと花束作りをしたのも練習に付き合ったにすぎない。
ラーディンからも花束があると思うとちょっとワクワクした。これがイベントの楽しみというものなのだろうか。
(よし、俺も花束作ろう)
スティールは真剣な眼差しで花を選別し始めた。