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◆聖アリアドナの花(6)

仕事の忙しさで聖アリアドナの日ということをすっかり忘れていたコーザは、士官学校へ来て初めてその日であることを思い出した。
校内は授業が終わったばっかりということもあり、生徒達でいっぱいだった。花束を持っている者が多いのは、放課後の今、花束を渡そうと思っている者が多いからだろう。

「あ、コーザ様」

コーザに気づいて駆け寄ってきたのは紫竜の相方のスティールだった。手に幾つかの花束を持っている。

「ん?薬師も誰かにやるのか?」
「いえ、これは貰ったというか…」
「へえモテるじゃないか。ところで薬師。この学校に紅碧って呼ばれる生徒がいるって聞いたんだが何処にいる?」
スティールはぽかんとしてコーザを見上げた。
「何処にも何もこの間会ったお二人がそうなんですが。赤い髪の方が紅のカイザード先輩で、あの蒼い髪の方が碧のラグディス先輩なんですが…」
「何だって?」

世間は狭いな、とさすがのコーザも驚いた。しかしそれならば話は早い。

「じゃあ二人に伝言を頼む。近衛第一軍第三大隊で待ってるってな。頼んだぞ、薬師」
「え…?は、はいっ」

さて、これで一応勧誘は済んだぞ、とコーザは思った。しかし済んだといっても二名だけでは話にならない。陣容は厚いほど良い。まだ探す必要があるだろう。
次のリストを頭に思い浮かべるコーザは紅碧の二人が自身を捜していることを知らなかった。そのため会いそこねたことも知らないままであった。




「え?コーザさま来られたのか?」
「はい、半刻ほど前に…」
「入れ違いか。運が悪ぃな」
「それなんですが、お二人に伝言が…」

スティールが事情を説明するとカイザードは驚きの表情になった。

「引き抜きか。俺たちが紅碧って知らなかったってことはこの間の件とは関係なしに、純粋な引き抜きと思って間違いないだろうな。あの方なら信頼できるし、近衛軍なら願ってもない。是非行きたいな」

カイザードは純粋に驚き、喜んだ。
ラグディスは頷き返しつつも複雑だった。彼はコーザに会って花束を渡したかった。しかしコーザがスティールに伝言を渡してさっさと帰っていったという事実はコーザがラグディスに会いたいと思っていなかったことを示している。純粋に引き抜きだけの用で来たのだろう。引き抜きは嬉しい。実力を認められた証だ。しかし私的には残念だった。

「諦めるなよ」

親友に囁かれ、ラグディスは少し驚いた。

「少なくとも追いかける口実は出来たぜ。一緒に行こうぜ、上まで」

引き抜きを受けたのだから、彼の部下にはなれるだろう。そこまで追いかけようと友は言っているのだ。落ち込みかけた気持ちが少し浮上し、ラグディスは頷いた。

「そうだな」

まだスタート地点にたったばかりだ。最初の不運で諦めるのは確かに早すぎるだろう。

「ありがとう、カイザード」

最愛の友に礼を告げ、ラグディスは花束に視線を落とした。
来年はもっと綺麗な花束を作って渡せるといい。



花屋は酷く混雑していた。ラーディンは行列を待ってやっと手に入れた花束を手に、寮へ向かった。
寮へ行くと面会時間ぎりぎりだった。

「待ってたよ。遅いから今日は無理かと思って焦ったよ」

スティールはずっと部屋で待っていてくれたらしい。ラーディンは嬉しく思った。
お互いに花束を渡し合い、ラーディンは擽ったく思った。妙に照れくさい。

「やっぱ綺麗だなぁスティールの花は」

花屋で購入したものと、ただ一人のために作られたものは違う。愛情や丁寧さが込められている。

「そう?俺はラーディンからの花ってだけで嬉しいけどなぁ」

今まで花をもらえた年はなかったよ、とスティールは照れくさそうに笑った。
スティールのその台詞だけでなんだか気持ちが浮き立ち、ラーディンは嬉しかった。何時間も待って購入し、走ってきた甲斐があったと思う。

「ラーディン、今夜は寮が賑やかで無理だけど明日は宿泊許可貰ってきてよ」

一晩一緒に過ごそう?と誘いをかけられ、ラーディンは赤らむ顔を自覚しつつ頷いた。

「あぁ…」

やっぱりスティールには叶わない。ちょっとした一言でラーディンを喜ばせることを知っているのだ。
感じる敗北感。けれどそんな感情さえ嬉しく思いつつ、ラーディンは帰路についた。


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