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◆聖アリアドナの花(3)

花束作りの練習を始めて三日目。
練習用の花を買いに行った親友を待ちつつ、ラグディスは手持ちの本を読んでいた。
集中して読んでいたラグディスは隣のクラスのメガという生徒に声をかけられて顔をあげた。

「なんだ?」
「いや、カイザードがお前を呼んでたぜ」

あっち、と促され、ラグディスは疑いを持たずにいこうとした。相手の横を通ろうとした途端、ラグディスは上から振ってきた網に絡め取られた。
ぎょっとして上を向くと二階から網を落とした生徒がにやにやと笑っていた。

「何をする!!」
「何ってまぁナニだよ、優等生さん」

いつの間にか周囲を取り囲まれていたらしい。隣のクラスの不仲な数人がラグディスを取り囲んでいた。

(まずい…!来るなよ、カイザード!!)

自分はともかくこれでは親友まで巻き込んでしまうかも知れない。そのことが気がかりでラグディスは青ざめた。




騎士はあらかじめ学校へ連絡を入れておくと、士官学校の見学が出来る。理由は簡単。士官学校自体が軍のために作られたものだからだ。
そうして王都士官学校へやってきたコーザは見事に迷っていた。

(あー、広いな。これほど広いとは思わなかったぜ)

コーザは王都士官学校の出身ではない。王都の南東に位置するミスティア領にある士官学校出身だ。そのため、王都士官学校を知らなかった。ミスティアの士官学校よりずっと規模が大きい王都士官学校でコーザは母校と同じ感覚で歩き、妙な場所へ出ていた。

(なんだここは。裏庭辺りか?マズったな。何でこんなところに出るんだ?)

どんな作りになってんだ、ここは、と舌打ちしたコーザは王都士官学校が西校舎、東校舎、更に中央校舎と全体で三つに分かれていることを知らなかった。コーザは西から入ってそのまま裏の方に出てしまっていたのである。
とりあえず一旦戻ろうと引き返しかけたコーザは慣れた感覚に振り返った。

(…殺気?)

ここは士官学校なのにと訝しげに思いつつもコーザは殺気がした方角へ向かった。末端の生まれから近衛騎士まで出世してきたコーザは自分の感覚に自信を持っていた。それに感じた気配が気配だった。殺気という気配を放っておくことは騎士のコーザにはできないことだったのである。



(最悪なところに出くわしたようだな、俺は)
校舎の影、人気がなさそうな場所に数人の生徒たち。彼等は一人を取り囲んでいるようだ。風に流されて聞こえてくる話し声は聞くもうんざりする猥褻な言葉ばかり。どうやら輪姦シーンに出くわしたらしい。
そして不幸中の幸いというべきか、末端の生まれであるコーザはこういう場合の対処法に慣れていた。
無言で風の印を発動させ、正確に生徒数人を吹き飛ばした。

「この学校に属する者は全員が誇り高き騎士を目指す卵たちと思っていたがな…」

よき騎士の卵を探しに来たというのに逆に腐った卵を見つけてしまうとは、とコーザは舌打ちした。どうやら不運だったようだ。
そこへあわただしく駆けてくる足音がした。印の発動に気づかれたか、それともこの腐った卵の仲間か。
現れた生徒はそのどちらでもなかったらしい。綺麗な花を手にした赤い髪の綺麗な生徒は現場を見て青ざめ、服を破られた生徒へ駆け寄った。

「ラグディス!!おい、何があったんだ、ラグディス!!」
「その子の友か。ならばまずは教師を連れてこい。騒ぎにしたくないから一人だけをな。その後お前はその子の着替えを取りに行け」

赤い髪の生徒は青ざめたまま頷き、倒れた生徒の額に軽く口づけた。

「待ってろ、すぐ先生を呼んでくるからな、ラグディス」

コーザは逃げようとした別の生徒の足下へ風の刃を飛ばした。生徒の足下が正確にえぐれ、生徒は悲鳴のような声をあげた。

「逃げようと思うな。俺はお前が逃げる前に首を飛ばせるぞ。そのぐらい造作もない」

コーザは倒れた生徒を庇うように立ったまま、小さくため息を吐いた。
どうやら今日は目的のよい騎士を捜すという仕事をこなせそうにないな、と。




授業を終え、寮へ帰ろうとしていたスティールはその日一人だった。
聖アリアドナの日が近いため、皆は花選びに町へ出ていたり、山野へ向かったりしているため、校内は閑散としている。
友人二人も今日は用があるといってさっさと帰ってしまったため、スティールは一人だった。
鞄片手に歩いていたスティールは見慣れた相手が走ってくることに気づいた。

「あ、先輩」

しかしカイザードはあっという間にスティールを通り越して走っていった。

「……?」

何があったのか。カイザードが飛び出してきたのは西側通路。この先には裏出口しかないはず。裏の出口には裏庭しかない。庭とは名ばかりの寂れた場所だ。

「殺気がする」

小手の紫竜が呟く。スティールは青ざめた。

「行け」
「ええ?やばいんだろ?殺気とかってっ」
「大丈夫だ、行け」

行きたくない。しかし焦れた紫竜に再度促され、スティールは恐る恐る裏出口へ向かった。

「!!??ラグディス先輩っ!!??」

倒れていたのは相方カイザードの親友ラグディスだった。士官学校の制服は破られてぼろぼろだ。驚愕したスティールは慌てて先輩へ駆け寄った。

「ひでえ状態だな。ヤラれたか」

相方の紫竜ドゥルーガは小手から小竜姿に変化しつつ、冷静に状況を分析した。

「ほぉ……噂の紫竜の使い手か」

会えるとは思わなかった、と低い声が振ってきて、スティールはぎょっとして振り返った。

(近衛騎士…!)

近衛軍の制服を着た二十代中頃の相手は宙に浮いて、スティールを見下ろしている。
空を飛ぶ力は風の印の術の一つ。しかし繊細なコントロールを必要とするため、使い手はほんの一握りと言われている能力だ。しかしそれをあっさりとこなしている。
それだけで相手が持つ力の強さが判り、スティールは緊張した。

「初めてお目にかかるな。俺はコーザ・ルーイン。近衛第一軍第三大隊の騎士だ。あいにくお前さんは勧誘不可と上から聞いている。残念だ」
「は…?お、俺はスティール・ローグ…です。あの…先輩は…どうして…」
「おっと犯人は俺じゃない。そこの倒れている馬鹿どもだ。…その子は質の悪い薬を飲まされて暴行されたようだな。早めに解毒してやらないと辛いだろう。だが士官学校にこの手の薬の解毒剤があるかどうか…」

コーザの言うとおり、ラグディスは酷く辛そうだ。荒く息を吐き、ぐったりしている。飲まされたのは間違いなく媚薬の類だろう。

「解毒剤はないかもしれませんが、鎮静剤なら作れると思います」
「作れる?」
「俺は実家が薬師なんです」
「それなら話が早い。医務室へその子を連れて行け。薬品の使用許可は俺が学校側に話をしてやろう」

ありがとうございますとスティールは頭を下げた。