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◆聖アリアドナの花(2)

(うーん、簡単すぎるなぁ…)
調合の授業を受けたスティールはちょっと驚いた。ものすごく内容が簡単だった為である。
家には千を超える数の材料が並び、幾通りもの組み合わせの薬を作っていた。
色、匂い、感触などを身をもって覚え、あらゆる効能と副作用を学び、一滴や一さじの繊細な量と感覚で調合を行っていた。そんなスティールに初歩的な調合を教える授業はあまりにも簡単すぎた。

(こんなものなのかなぁ…あと三年間でどれぐらい学べるんだろ。もしかしたら俺、調合の方で仕事先探せば、少しはいいところに就職できるかも…)

騎士としてあるまじきことを思ってしまうスティールだった。





場所は変わり、近衛第一軍内の一室。
騎士を目指す者なら一度はなりたいと思う。それが近衛騎士である。
五つの軍に分かれる近衛軍。その第一軍で働くコーザは皆の憧れの近衛騎士である。
コーザは黒髪黒目、体格は中肉中背という平均的体格を持った人物である。近衛騎士なので体はよく鍛えていて、筋肉質だ。剣よりも風の印の扱いに長けている。
そんな彼は生まれとしては末端の生まれである。気づいたときは孤児で同じ境遇の子供達と食料を奪い合うように生きていた。コーザが近衛騎士になれたのは印の力と彼を引き取ってくれた人のおかげだ。引退騎士だった保護者による教育、そして上級印と呼ばれる強い印を持っていたおかげでコーザは孤児でありながら近衛騎士まで登り詰めることができた。
おかげで少々ファザコン気味のコーザだったが、騎士としての腕はよく、24歳の若さで順調に中隊長にまで出世している。コーザは50名ほどの騎士と250名ほどの歩兵を部下に持っている。
そのコーザは上官からの命令に困惑していた。

「引き抜き…ねえ……」

近衛軍は現在、代替わりの時期と言われている。各軍のトップに立つ近衛将軍たちが引退年齢に近づいているのだ。
特に近衛第一軍は将軍が最高齢のため、時間の問題だろうと言われてる。

「こういう命令が出されるということは、シオン将軍もそろそろ引退を考えておられるということだろう」

コーザと同じく中隊長のラオがそう呟いた。

「シオン将軍が引退されると副将軍もしくは大隊長から次のトップが決まる。派閥争いが起きるのは必至だからな、今のうちに陣容を固めておきたいのだろうよ、我らがボスは」

ラオの意見にコーザは同感だった。
ラオとコーザの上官である大隊長クローは中年の騎士だ。ベテランの部類に入り、仕事もそつなくこなす人物だ。しかし如何せん、それだけだ。大きな武勲がない。これは軍トップの将軍になるためには大きなマイナスだった。

「よそから引き抜くか?」
「他の五軍からか?うーん…調べてみるか。しかし似たようなことは他の大隊も考えているだろうから厳しいぞ。それに腕の良い騎士はよそでも好待遇を受けている。あえて第一軍へ移ろうという冒険はしないだろう」

ラオの意見にコーザも同感だった。二人揃ってため息を吐く。

「…それじゃ腕のいい新人を拾ってくるしかないか。将来を見込んで。……とりあえず俺は王都士官学校に行ってみる」
「あぁ、口説いてこい。俺は一応他の軍を当たってみる」
「おー、頼んだ」

ひらひらと手を振り、コーザは同僚と別れた。





ラグディスは友人カイザードに付き合い、校内でも滅多に人の来ない裏庭の隅で花束作りを行っていた。
ラグディスはそつなく花束を作っていたが、親友は致命的なほどヘタだった。

「おい、そう力を込めたら茎が折れるぞ」
「けどここを緩めたらバラバラになるんだ」

(ホントに不器用だな、こいつ…)
花びらには爪痕が残り、茎は幾つか折れている。長さも不揃いで飛び出した花があったり、逆に葉に埋もれてしまったものがあったりとめちゃくちゃだ。見るも無惨な状態でとても人に渡せるものではない。
しかし剣を持たせると舞うような動きを見せるのがカイザードだ。剣の腕と手先の器用さは別物らしい。

「試しに作ってみようと思って正解だったな、カイザード。こんな花束を渡されたんじゃ百年の恋も興ざめだ」
「百年の恋じゃなくて運命の恋なんだよ!」
「だったらますます悪いじゃないか。運命の相手にこんなボロボロの花束を渡す気か?」

カイザードは運命の相手なんだということを強調したかったようだが、ラグディスは冷ややかだった。

「……判ってる。まだ日はあるから毎日練習するさ」

さすがのカイザードも自分の手作り花束が悲惨な出来だという自覚はあるらしい。
せっせと手を動かすカイザードに付き合いつつ、ラグディスは自分の作った花束を見た。
カイザードほど悲惨ではないが、ラグディスの花束も特別綺麗というわけではない。
渡す相手はいないものの、もう少し自分も練習しようかと思い、一度束ねた花束を解くラグディスであった。





一方、渡される相手も花束作りを行っていた。
惚れた相手に手作りブーケというイベント前だ。普段、花束作りなどしないものなので、誰もが練習するのだ。
別段見られても困らないスティールは教室で花束を作り、その見事な腕前を披露していた。

「すっげ、スティール!!めちゃくちゃ上手じゃねーか!!」

普段、あまり仲の良くないクラスメートまで絶賛する腕前をスティールは披露していた。
センスのよい色遣い、花と花の組み合わせの選択もよく、大きい花を際だたせるように小さな花を彩る工夫も忘れない。小さくとも見惚れるような花束をいとも簡単に作り上げ、クラス中がスティールの花束に集まった。

「俺、薬師の家に生まれたから、薬草をたくさん作ってた。一緒に花もたくさん作ってたんだ。この時期はかき入れ時だから毎年山のように花束を売ってたよ」

スティールの家は春に合わせて花を植え、この時期だけ、花を売っていた。花束作りのサービスもやっていたので、手が痛くなるほど花束を作っていた。花束作りのこつは両親に教わった。おかげでスティールは花束作りに関してはプロ級の腕前なのだ。

「俺に教えてくれよ!」
「俺も俺もっ」

別段断る理由もないため、スティールはあっさり頷いた。

「いいよ」


その様子を見ていたクラスメートがいる。スティールと仲がいいティアンとラーディンだ。
彼等は昼休みを利用してスティールと花束作りの練習をしようとしていたのだが、最初に花を手にしたスティールが、唖然とするようなスピードで見事な花束を作り上げてしまったため、作るチャンスを失ってしまったのである。

「……ラーディン、花束は買った方がよくない?」

小声でティアンが囁いた。

「あー…うん、そうみたいだな…」

ラーディンはティアンに相談し、スティールの好きな花を探ろうと思っていた。しかしこれでは好きな花以前の問題のようだ。幾らスティールの好きな花が判ったところで、スティールがこれほど見事な腕を持っているのなら、かなり見事な花束を作らねば喜んでもらえないだろう。

「まさかスティールがこんなに器用だなんてね」

何をやらせても抜き出たところのないスティールだから、花束作りもヘタだろうと思いこんでいたのだ。
ティアンはため息を吐いた。彼はラーディンの恋に協力する気満々だったため、この展開に同情的だ。

「いや、早めに判ってよかったさ。下手な花束渡してがっかりされるよりマシだしな」

苦笑気味にラーディンが返すとそれもそうかもしれないね、とティアンも笑んだ。