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◆三人目(3)

「へー、30倍―…俺、落ちそーだなー」
寮の部屋で教えるとスティールは呑気に笑った。

「その時はカイザードには悪いけど、俺、騎士じゃなくて鍛冶師にでもなるよ」

鍛冶師という言葉にラーディンは驚いた。士官学校生でありながら鍛冶師とは一体どういうことなのか。

「何で鍛冶師だよ?」
「紫竜が鍛冶師志望なんだよね。いや、鍛冶師なのかな。ほら、この剣もこいつが作ったんだよ」

見せられたのは一降りの剣。確かに見事な逸品だ。しかし今の問題はそこではない。

「いや、頑張ろうぜ?先輩もいるんだし、ちゃんと試験勉強しよう」
「ええ?うーん、まぁしてもいいけど…今更って気もするなぁ。それに武具の力も考慮されるんでしょ?」
「あぁそうだけど」

スティールの武具は紫竜だ。普通に行けば受かるだろう。

「それにペアの場合はペアで試験でれるでしょ」

俺、去年でたし、とスティール。そう言えばそうだった、とラーディンは思い出した。
考慮されるのはあくまで受験生の実力だが、ペアが補佐することも認められる。そうやってスティールはカイザードの受験に同行したのだ。

「去年、将軍に待ってるって言われたんだよね。だから受かるよ、俺たち」
「そうか、けど試験勉強はするぞ。俺が不安だ。筆記もあるんだぞ!?」
「あー…そうだね」

生真面目なラーディンは試験勉強する気満々である。強制的に付き合わされるスティールであった。



近衛五軍の受験はまとめて行われる。
実技は二段階に分けられ、試験官相手に一通り戦う方法と同じ受験生同士で戦うトーナメント方式の二つである。
普通は両方とも受けるが、自信がある者はトーナメントの方だけ受けてもいい。ただしその場合は実力を発揮できずに敗北した場合は、それっきりという可能性がある。最初に試験官相手の試験を受けておけば、その実力も考慮してもらえるというわけである。
「俺、トーナメントだけでいいよ…」
スティールはむしろ試験官相手の方が自信がないとすっぽかした。
生真面目なラーディンは一応受けた。ちゃんと実力を見せることができたらしい。
一方、二人の友人ティアンは癒やしの術の使い手であるため、試験官相手の試験しかない。彼の場合は後方支援勤務が主になるため、戦場での戦闘能力はあまり考慮されないのだ。
大半の者は最前線での闘いが考えられるため、トーナメント方式の闘いが最重要だった。コロシアムで実戦方式での試験となるため、見せ場も大きい。五軍すべてから見学者が訪れるため、将来の上官に少しでも見せ場を多くして、よき印象を持ってもらう必要があるのだ。受験生の気合いが一番入るのもトーナメント方式の試験であった。


ラーディンとスティールはペアでの参戦のため、試合順は早かった。ペアで試験を受けている者自体が少ないので試合数が少ないのだ。しかし受験倍率が40倍を超えたため、それなりの数がいる。
試合会場はコロシアムの中。しかし五つの舞台が用意されていて、同時に試合が進行している。試験人数が多いのでこうするしかないのだ。
円形で一段高く石畳で作られた舞台へ登るとラーディンは早速盾を取りだした。ラーディンの武具である大きな盾は重力を操る能力を秘めていた。その重力を使って防御をするのである。
ラーディンが盾を取りだして能力を解放すると攻撃しようとしてきたペアの動きが露骨に遅くなった。体が重いのだろう。それこそラーディンの能力だ。
スティールはうまくその中に入らないようにしつつ、敵である二人を場外へ弾き飛ばした。
二人はあっさりと試合に勝利した。

「なんだか拍子抜けだな」
「そうだね」
けど毎回うまくいくとは限らない。そう思い、二人は気を引き締めた。

第二戦はやはりどこかの仕官学校生ペアだった。
動きが速いため、最初のナイフ攻撃で盾の発動が遅れた。盾は重力の範囲も限られている。最初にうまく範囲を定めて発動させないと力が発揮できないのだ。そこを突かれた。
ラーディンは接近戦でも十分実力を発揮できるだろう。彼は元々優等生だ。しかしスティールはそうはいかない。どちらかと言えば劣等生に近い。しかし印の使用についてだけいえば彼は得意だった。
間近に飛び込んできた相手に炎を弾き飛ばして怯ませる。その隙に相手の体に触れた。一瞬でも触れることができたらいいのだ。スティールの緑の力は相手の体から動きを奪う。
突如がくりと崩れ落ちる相手の体に再度触れて動きを止め、もう片方の敵へ威嚇の炎球を飛ばす。驚いて体勢が崩れた隙を見逃すラーディンではない。
二人は二戦目も勝利することが出来た。
第三戦は不戦勝だった。相手側が前の試合に勝利したものの、負った傷が深かったらしい。
二人はそのまま実技試験合格となった。


あと一、二戦ぐらいあると思っていた。拍子抜けした気分で控え室への道を歩いているとマントを羽織った騎士が前方から歩いてきた。今回の試験関係者の一人だろうと思いつつすれ違う。途端、腕の印が熱くなった。少し驚いて振り返る。相手は気づかなかったのか、そのまま歩き去っていく。

「気のせい…か?」
「どうした、スティール?」

怪訝そうなラーディンに問われ、慌ててスティールは首を横に振った。

「何でもない…」
そう答えつつも何となく再度振り返るスティールだった。
しかし見えたのはマントだけであった。


試験を終えて合格発表を待つだけの身となり、寮へ戻ったスティールは早速小竜の姿に戻ったドゥルーガに言われてたらいを用意した。

「埃っぽくなったからな」

たらいに張った水に浸かり、小竜は気持ちよさそうだ。

「あれは風の印の持ち主だな。お前の水の印と反応した。同種以外の印に反応があることは希にあることだ」

ドゥルーガもしっかり気づいていたらしい。
お前は四種も持ってるからそのうちの一つが別の印と反応してもおかしくないと小竜。

「じゃあ気のせいじゃなかったのか」
「印の反応が気のせいなわけないだろ。ヤツはお前の三人目だ」
「…騎士だったみたいだけど」

騎士服を着て、マントを羽織っていたのだから間違いなく騎士だろう。ということは今回も年上の相手ということになる。

「俺、年上に縁があるのかな…」
「偶然だろう」

きっぱりあっさり答える小竜はノンビリ毛繕いならぬ羽づくろいをしている。

「たまにジジィと幼児って組み合わせもあるんだぞ。運命の相手がどんな性別、姿、年齢をしているかなんて判っちゃいないんだ。一生その相手に出会えぬ事も珍しくないことを考えればお前は短期間に出会えてるんだから幸運と言えるぞ」
「じーさんかそれはちょっと…いやだね。さすがに抱けないし」
「そーだろ、そーだろ?」
「なんか…2って書かれていた気が…ってことは第二軍!?」
「さぁな。人の階級など知らん。調べてこい」

羽づくろいに夢中の小竜は素っ気なかった。


「は?近衛の見学に行きたい?受験後に何言ってるんだお前は。可能なわけないだろ」

受かる気満々だな、と呆れ顔のラーディンにスティールは困って頭を掻いた。
「あのさ、ラーディン。気のせいかもしれないけど、三人目に会った気がするんだ」
「本当か!?」
「騎士だった気がするんだ。マント羽織ってたし間違いないと思うんだけど…んー…」
「カイザード先輩に頼めば多少は判るかもしれないが、当日会場にはたくさんの騎士の方が見学に来ていらっしゃったから調べるのは難しいと思うぞ」
「だよね。やっぱ入団後にチャンスを待つしかないかなぁ」
「…俺はそう思う…」

また年上か?と問うラーディンは同じ感想を持ったらしい。

「うん……年上」

やりづらいなぁと思いつつ、スティールは入団を待つことにした。