「へえ、見学しないんだ。相変わらずマイペースだね、スティールは。大物というか何というか」
友人ティアンはくすくすと笑った。
呑気なようでちゃんと自分を持っている。周囲に流されることがない。スティールはそんな人間である。そしてそれは才能にも表れた。彼の両腕に広がる印は大きな能力の持ち主であることを示す上級印だ。上級印の複数持ちは王都士官学校でも今のところスティールだけだ。
「じゃあ見学に用意された週はどうするつもりなの?彼は」
地方軍へ行く者のことも考慮して、見学期間はやや長く設けられている。どこへ見学に行くのも自由だが、制服と学生証の着用を義務づけられている。
「さぁ…寝て過ごすんじゃね?」
「ホントに相変わらずだね、スティールは」
スティールが上級印を得て、武具に紫竜ドゥルーガを得たとき、彼が変わってしまうかと思われた。しかしスティールは変わらなかった。誇るでもなく、萎縮するでもなく、淡々と現実を受け止めた。それまでスティールを馬鹿にしていたクラスメートさえ、スティールは凄いと認めた瞬間だった。何よりも能力に流されることなく、自分を見失うことなく、変わらなかったことが凄いと。誰もが儀の後は己の運命に納得し、受け入れるのに精一杯だったのにスティールだけが全く変わりなかったのだ。
「僕、一応近衛は全軍見ようと思ってるけど、ラーディンはどうする?」
「俺も一緒に行くよ。近衛が第一志望だからな」
スティールの相印の相手である以上、スティールが希望するところに行くのは決定だが、入団前に他の騎士団を見ておくのも悪くない。そう思ってのラーディンの意見にティアンは頷いた。
「うん、じゃあ一緒に行こう」
近衛五軍は文字通り五つの軍に分かれている。
総軍団長であるゲネドを長に、歴戦の将である老シオンの第一軍、皮肉屋で扱いづらいが知将と名高きニルオスの第二軍、美貌で有名なリーガの第三軍は素早さと攻撃力に長けている。明るく陽気なディ・オンが将の第四軍、貴族でありながら軍人として名をはせているアルディンの第五軍からなる。
人気が高いのはリーガとディ・オンの第三と第四軍だが、近衛軍は全軍が人気の高い軍だ。何処に入れても名誉と言われている。
近衛軍の見学は希望者全員で行われた。引率として教師がついてきている。
どうやら他の士官学校からも見学者が来ているらしく、近衛軍の本舎は賑やかだった。
「すごいねえ…」
「…そうだな…」
練習光景を見てもレベルの高さが判る。近衛騎士の証である翼の刺繍が入った白いマントを見てティアンはうっとりしている。クラスメートも似たような状態だ。
王都士官学校の生徒ということで騎士に話しかけられている生徒もいた。引き抜きを受けたことのある生徒だろう。
同じ近衛でもやはり特徴は現れていた。
第三軍では攻撃に長けているというだけあり、騎士でも屈強な体格を誇る者が多く、第四軍では将軍の性格を表しているのか、明るく開放的な雰囲気があった。
第五軍は貴族の将軍というだけあり、規律に厳しく格調高い雰囲気があり、第二軍は一癖ありそうな人物が多かった。
そして第一軍はといえば。
「ちょっとノンビリした感じだね」
「そうだな…」
老将が長の第一軍は少しノンビリした雰囲気があった。しかし近衛軍らしくきっちりした線引きがされているらしく、だらけた雰囲気があるわけではない。穏和な中に一つ筋が通ったところがあるような感じだった。その証に騎士達も無駄な動きをしているわけではない。仕事としてあちこち動き回っている。
第一軍は相手側の都合で見学時間がきっちり決められていたため、それに合わせて近衛では最後の見学となった。時間が限られているため、必然的に他の仕官学校生徒たちとも一緒の時間帯となり、やや大所帯でうろうろしていると、突然呼び止められた。
「ラーディンじゃないか!」
声の方を振り返ると通路の先から騎士服を羽織った二人組が歩いてくるのにラーディンは気づいた。士官学校時代は紅碧と異名のあったカイザードとラグディスである。彼等は二人揃って近衛第一軍に入団していた。
カイザードは声をかけたにも関わらず、ラーディンの周囲を見回している。理由に気づいたラーディンは肩をすくめた。
「あいつは来てませんよ。見学する気ないらしくて」
「は!?あいつ、俺に近衛に入団しろなんて言いやがったくせに近衛に入団する気ねえのかっ!?」
烈火のごとく怒り出したカイザードに注目が集まる。ラーディンは慌てて否定した。
「意味が違います。第一軍しか入らないから他を見ても意味ない、って言って来なかったんです」
「…そうかよ…そりゃ紫竜持ちだから落ちることはねえだろうが、肝心の第一軍さえ見に来ないって何様だあいつは」
「入ってから見ればいいって思ってるんだと思いますよ」
「だろうな…」
ふぅとカイザードはため息を吐いた。隣でラグディスが笑む。
「今年の近衛は倍率が30倍超えるって噂だぞ。頑張れよ」
周囲の学生を丸ごと凍り付かせてニヤリと笑むとラグディスはカイザードと共に去っていった。
「30倍…まじかよ!?」
「うわ、文字通り狭き門だな」
周囲の話し声を聞きつつ、俺入れるかな?とラーディンは不安に思った。相方が相方なので考慮はされるだろうが、あまりに成績が悪かったら相方もろとも落とされる可能性があるかもしれない。
試験勉強しよう、と決意するラーディンであった。