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◆炎剣の使い手(3)

『寝る』のは、まだまだ先で良いだろうなどと思うスティールに対し、紫竜はしっかり者だった。
寮の部屋に戻るやいなや、姿を小竜へと変化させ、机の上に飛び乗った。
「計画を立てるぞ」
小さな足を机の上でポンと叩く小竜は卓上カレンダーを眺めている。
「まず邪魔者が入らない環境、そして余裕ある時間が必要だ」
「…何の話?」
「ヤる話に決まってるだろう?だがお前は未熟だからな。まずは腕を磨きに行け」
「は!?何の腕っ!?」
小竜は一瞬体をぐにゃりとゼリー状へ変化させると、数個の宝石を取り出した。どうやら体の中に取り込んでいたらしい。
「これを使え。換金したら相応の金になる。その金で娼婦街に行くんだ」
「えええええ!!??本気!?」
「もちろんだ。おい、そう抵抗するな。考え方次第だぞ。男である以上、とっとと童貞卒業した方がいいだろうが。ちょっとした気晴らしだと思え」
「う、うん…」
「いつか出逢うかもしれない相手に恥ずかしい思いさせたくねーだろ?将来に向けてのちょっとした練習のようなもんだ」
「そ、そうだね…」
丸め込まれている自覚はあったが、そう言われるとそんな気もしてスティールは頷いた。
「んじゃ決まりだな。行くぞ」
「ええ?今から行くの!?寮の門限とかあるんだけど!?」
「そんなの俺さまに任せておけ。紫竜の名は伊達じゃねえぞ。ごまかしは得意だ」
「だから何でそんなこと知ってるの!?」
どうやって誤魔化す気だ!?と思いつつ、相方には逆らえず、小竜に引きずられるように部屋を出て行くスティールだった。


紫竜ドゥルーガが選んだのは王都も治安の悪い一角だった。ドゥルーガが言うには大きければ大きい町ほど治安の悪い場所というのはあるらしい。そしてそういう場所には必ず品を換金するための店があるのだという。
「後ろめたい品を金に換えることができなきゃ黒い商売は成り立たたねえからな。そしてどんな品だろうと幾らでも金を出してほしがる連中ってのはいるもんだ」
そういった店で宝石を金に換えたスティールはその金額の大きさに目眩がした。宝石の相場など知らないが、相当に質の良い宝石だったのだろう。
「驚くことぁねえぞ。娼婦街じゃいい相手を抱くほどそれ相応の金がいるんだ。まぁお前はテクさえもらえりゃいいわけだから、別に質のいい相手を抱く必要はねえが」
「う、うん…」
「あそこにしておくか」
ドゥルーガが選んだのはそれなりに売れてるらしい男娼窟だった。

なんで相手が男なんだと問うとお前の相手は今のところ男二人だろうがと言われ、それもそうかと思ったスティールはそのまま流されるようにその店で一夜を過ごした。
しばらく通って腕を磨けと言われ、なんだかすっきりしない気持ちで、それでもまあいいかと思えるぐらいにはいい時間を過ごせたスティールは、数日後、相手の一人である先輩と訓練に出た。
「お前、剣はからっきし駄目だな。よくそんなんで王都士官学校に入学できたな」
カイザードは優れた剣技で名の知られた先輩だ。彼にすれば剣が平均以下のスティールはボロボロに見えるのだろう。
そんな訓練を眺めているのはカイザードと共に紅碧の異名で呼ばれているラグディスだ。参加するでもなく、ただ楽しそうに眺めている。この先輩もよく分からない人だとスティールは思った。
「俺、印による引き抜きなんで」
「なるほど選ばれたのか。まぁ判る気がするが……お前は剣や槍を学ぶより印の方を磨いた方がいいだろうな」
そしてカイザードは赤い髪を掻き上げた。長い前髪を掻き上げると普段は隠れがちな鮮やかな紫の瞳が露わになる。
「お前は俺の相手だ。しっかり印の腕磨いておけ。俺に恥をかかせるんじゃねえぞ」
プライドが高く気が強いカイザードは妥協というものをしなかった。剣もいつ使うことになるか判らないのだから、しっかり腕を磨いておけ、という。休憩時間になると水を持ってこい、タオルを持ってこいと五月蠅い。主導権どころか後輩らしく尻に敷かれっぱなしのスティールだった。