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◆炎剣の使い手(2)

「いろいろ考えているようだな」
寮の自室に戻った途端、自分のものではない声が響いた。
スティールが驚愕していると武具である手甲がぐにゃりと曲がった。次の瞬間には儀式で見た紫色の小竜が現れていた。
「!!!!」
「知っているかもしれないが俺の名はドゥルーガ。紫竜のドゥルーガだ。職業は鍛冶師だ」
「職業!?」
喋ることでも驚きだが、この小竜が職を持っているとは思ってもいなかったスティールは驚いた。
「そうだ。俺は良き鍛冶師だぞ。この世の優れた武器は俺が作っているんだ」
えへん、と胸を張るかのように背筋を伸ばした小竜は手のひらサイズである。スティールは困惑と驚きにどう返答していいかわからなかった。
「えーと…で…その…」
「お前の印は土、火、水、緑か。バランスがいいな。中でも火と水はいい。相反する能力だが、良き鍛冶師となれる印だ。だからこそ俺に選ばれたんだぞ。お前はよき鍛冶師になれる」
「えーと…俺は鍛冶師じゃなくて騎士にならなきゃいけないみたいなんだけど」
「騎士?そんなもの他人に任せておけ。お前は俺に選ばれた良き鍛冶師候補だぞ」
そんなこと初耳だ、とスティールは思った。大体、卒業後の進路まで半ば決められているのに鍛冶師などやってられるわけがない。竜だ、竜だと騒いでいたクラスメートもまさか自分が小竜に鍛冶師候補として選ばれたなどと思ってもいないだろう。
「あのさ、俺、運命の相手がいるし、騎士にならなきゃいけないんだよ」
「運命の相手?」
「ほら、印の数だけ相手がいるんだってさ」
「あぁ相印のことか。……ふむ。知っているか?痣は大きな方が強い。そして痣には相性がある」
「う、うん…」
「いいか、必ず、『抱け』よ。抱かれる方になるな。最初が肝心だ。俺も手伝ってやるから必ず最初は『抱け』よ」
「は!?別に相手と……そ、それをしなきゃいけないってわけじゃないだろ!?」
いきなりソッチの話かよ!?とスティールは驚いた。
しかも同性だぞ!?と焦るスティールに小竜は冷静だった。
「それは違う。しなきゃいけないぞ。相性のいい相手と体を重ねることは生気の交換にもなり、大きな能力の上昇に繋がる。むしろしなきゃ運命の相手の意味がないともいえる。そしてな、お前のように複数印の持ち主の場合、抱く側の方がいい。抱かれる側だと力を受け止めすぎることになるからな。他の印に悪影響が起きる場合がある。特に火と水は要注意だ。相反する力だからな。絶対抱かれる側に回るなよ」
俺が許さねえと言わんばかりの小竜に、何でお前が決めるんだと思いつつ、スティールはため息を吐いた。
「…ところでお前、なんで普段は小手なの?」
「そういう役割だったからな。本来は液体なんだが」
「液体!!??」
「あぁ。俺はスライムだ。だからどんな姿にもなれるし、どんな隙間にも入り込めるんだぞ。鍵穴からだって部屋に入れるんだから俺を閉め出そうなどと思うなよ」
「スライムーーー!!??」
どうやら小竜ではなかったらしい。だったらなんで紫竜なんて言われてるんだ、とスティールは疑問に思った。
「証拠隠滅したいときや服を溶かしたいときは任せておけ!」
手伝ってやるぞと楽しげに言う小竜にため息しかでてこないスティールだった。



翌日、普通に登校したスティールは周囲から注目を浴びることにうんざりしつつ、教室へ入った。教室には既に何人かの生徒が集まっていて、その中には友人ラーディンの姿もあった。
「おはよう、ラーディン」
「あぁ。……なぁ、お前、先生に話聞いたか?」
「うん、相手らしいね」
「らしいねってお前………はぁ、相変わらずマイペースだな」
少し緊張していたらしいラーディンはスティールの返答に肩を落とし、お前が相手とは思わなかったと笑った。どうやら緊張が解けたらしい。
「まさかこれほど身近に相手がいるとはな。運命の相手には会えない確率の方がずっと高いというのに」
「けど身近にいるパターンも時々あるって先生が…」
「あぁ…らしいな。けどうちのクラスでは俺たちだけだし、他のクラスでも二組だけだと聞いた。確率は低いようだな」
そうだね、とスティールは頷いた。
ラーディンは長身で無駄なく筋肉のついた少年だ。まだ成長期なので体格的にはバランスの悪いところも見られるが、成長したら騎士として理想的な体になれるだろう。文武両道で成績もよく、面倒見がいいため、クラスメートたちにも慕われている。スティールと仲が良いのはスティールが危なっかしいからだろう。世話焼きのラーディンはスティールを放っておけなかったらしい。いろいろ面倒を見てくれるようになり、今に至っている。
「ところでラーディン。武器さ、喋る?」
「は?しゃべるわけないだろ。…あぁ、喋ったのか。スティールのは紫竜だから特別だろう」
「そうなんだ」
その紫竜はまた小手の姿で黙り込んでいる。出逢って以来、スティールと二人きり以外の場所で紫竜の姿になることはなかった。
再び教室の扉が開いた。その途端、ぴたりと教室の喧噪が静まる。
疑問に思ったスティールが入り口の方を振り返ると深紅の髪が鮮やかな先輩の姿があった。


やや長めの前髪はワインレッドの深みある深紅の髪。色鮮やかな紫色の瞳は大きくはっきりしている。意志の強さを感じさせる強い眼差し。学年は一つ上だが、最上級生さえ負かせる剣技を持ち、将来有望だと言われている。容姿でも噂されている人物だが、間近で見たら確かに判る気がするな、と呑気に考えていたスティールは、おい、と声をかけられて我に返った。どうやらまたトリップしていたらしい。人が目の前にいても考え事に没頭してしまう癖はなかなか直らないスティールだった。
「えっと、初めまして。俺は…」
「知ってる、教えてもらったからな。スティール・ローグだろう?俺のことは聞いたか?」
「はい。相手らしいですね」
「そうだ。一応名乗っておくぞ。カイザード・ディ・ファルナスだ。相手持ちの場合はその訓練があるからな、今度から第三休日は必ず開けておけ。いいな」
「はい」
「それだけだ。邪魔したな」
文字通り、用件だけを告げて去っていった相手を見送っていると、隣のラーディンが複雑そうな表情で呟いた。
「俺のこと聞きもされなかったな。俺もスティールの相手だから関係あるし、第三休日の権利あるんだが…」
第三休日は士官学校において、相手持ち同士が能力の制御などを習う日となっている。
「うん。一応ラーディンも来てよ。先輩とばかり訓練するわけにもいかないしさ」
「あぁ。しかし後二人いるんだろ?相手。先が思いやられるな」
「それ言わないでくれ……」
相手の一人が親友であったことは気が楽だが、これから先のことを考えると安易な気持ちでもいられない。

『いいか、必ず、『抱け』よ』

そう告げてきた小竜を思い出し、思わず机に突っ伏すスティールだった。
目の前の親友もだが、さっきの先輩にはすっかり主導権を取られていた。こんな調子で抱けるのか、はなはだ疑問に思うスティールだった。