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■暗月の招く影(9)


時間も遅いため、一旦野営することになった。
適当な水場が見つからなかったため、山腹を風の印で木々や草を払い、土の印で適当に整える。
水の印があれば、水場はなくても多少ならば水を産み出すことができる。空気中の水分を集めて作り出せるのだ。
そうして簡単ながら食事を済ませ、交代に見張りをつけて休むことになった。

「見張りは我々で回しますので、将軍はお休み下さい」

ティアンが気を利かせて言ったが、フェルナンは首を横に振った。

「気遣いは不要だ」
「畏まりました。ありがとうございます」

気が利くティアンはフェルナン相手にしつこく勧めることなく、あっさりと引き下がった。
話し合いの結果、スティールはドゥルーガと組み、真ん中ぐらいの当番になった。人数が奇数なのでドゥルーガも数に入れてくれとティアンに言われたのだ。最初はティアンとルーガが当番になった。
話し合いが済むと、フェルナンはそのまま木にもたれて休もうとした。そのことでスティールはフェルナンが身一つでここまで来たことに気づいた。
スティール達は訓練だったのでちゃんと野営の装備をしてきている。しかしフェルナンはトラブル発生で文字通り、そのままやってきたのだろう。

「フェルナン、どうぞ」

毛布を開けて呼ぶとフェルナンは眉を寄せた。

「結構だ」
「早く」

拒絶されることは判っていた。フェルナン相手には強引なぐらいでちょうどいいと知ってるスティールに促され、フェルナンは諦め気味にため息を吐いた。
真冬ではないので寝袋ではなく、保温性の高い毛布だ。しかし夜の冷え込みは厳しいものがある。スティールは薄手だが保温力が高く作られている毛布でフェルナンごとくるんだ。一人用なのでぎりぎりだが、引き寄せてしまえば包めないことはなく、二人でくるまれば互いの体温で暖かくなった。
どんな場でも寝れるよう訓練している騎士らしく、眠ってしまうのはフェルナンの方が早かった。
スティールは自分が寝れるか心配だったが、トラブル続きでさすがに疲れていたのだろう。いつの間にか眠りに落ちていた。

仮眠を取った後、眠りが必要ない小竜と共に当番をこなし、次の当番だったフェルナンとウェルザに交代し、再び眠りについた。
翌朝、スティールはラーディンに揺さぶられて起こされた。

「う…ん。あ、おはよう、ラーディン」
「おはよう…」

ラーディンの表情は複雑そうだった。
その理由に気づいたスティールは傍らを見た。スティールに抱き込まれたような状態でフェルナンはまだ眠っている。
そういえばこの人、あまり寝起きがよくなかったっけ、とスティールは思い出した。

「フェルナン、フェルナン、起きてください。ほら、遺体探しに行きましょう」
「……もう少し目覚めがよくなる起こし方をしたまえ。気分が悪い」

遺体探しというあんまりな台詞で起こされ、フェルナンは鬱陶しげに亜麻色の前髪を掻き上げながらスティールを睨んだ。

「ええと…」
「まぁいい。遺体探しをせねばならないのは確かだ」
「はい」

そうして昨日来た道をドゥルーガの案内で戻っていると、ルーガに背を突かれた。

「何?」
「お前すげえな。あの団長と一緒に寝てるところを見たとき、眼を疑っちまったぜ」
「そう?」
「おまけにほぼ対等に喋って起こしてるし」
「そう言われても…」

だったらどういう風に起こせばいいんだ、とスティールは思った。
あまり自覚のないスティールにはよく判らない。しかし同意するようにティアンやネクリスも頷いているのでそうなのかとスティールは思った。

「さすが運命の相手だな。判っちゃいても始めて実感したぜ」
「ふぅん…」

そんなものかとスティールは思った。しかし考えてみれば新人騎士と軍団長と言えば、遠く隔たった距離がある地位の差なのだ。本来ならば対等に口を利くなどあり得ないし、あってはならないだろう。スティールとフェルナンが運命の相手という別の間柄があるので成り立っている特殊な関係なのだ。

「綺麗で強くて格好いいよね、憧れるな」

ティアンの素直な賛辞にスティールは少し嬉しく思った。目立つ容姿を含めてよく褒められているフェルナンだが、改めて聞けばやはり嬉しい。自分が好きな人が褒められているのを聞くのは気分がいいというものなのだ。

道案内のため、スティールの肩の上にいるドゥルーガは時折方角を告げてくれる。
道を迷うことのない小竜は目的地に最短距離で向かっているのだろう。時折、見覚えのない景色に出くわした。

「ドゥルーガ、元気がないね。大丈夫?」
「あまり大丈夫じゃないぞ」
「ええ?じゃあ、どうすればいい?癒しの印は…」
「俺に癒しの印は効かないぞ。邪霊の悪しき気を取り込んだのが原因だ。おかげで殺された奴等の恨み辛みを知りたくもないのに知ってしまった。実に気分が悪い」

その台詞を聞いて、先頭を歩いていたフェルナンが振り返った。

「その『恨み辛み』にビーグ子爵家の方のものは入っているかい?」
「ドゥルーガ、どうかな?」

スティール以外からの問いは無視する傾向がある小竜のため、慌ててスティールが重ねて問うと、スティールの運命の相手はかろうじて無視しない小竜は、気を悪くした様子もなく頷いた。

「あぁあるぞ。『ゲラルの強欲さにはほとほと呆れかえる。レギーナ地方を手に入れただけでは飽きたらず、我が領地まで欲するとは。マイヤー家の黒豚が仲介しているのは判りきっている。銀と鉄鉱石の掘削許可を得るためだろう。この恨み、けして忘れぬぞ。代々たたって呪ってくれるわ』」

肩の上に乗る小竜が耳元で生々しく口調まで再現してくれたおかげでスティールはゾッとして体を震わせた。
フェルナンは驚いた様子を足を止めた。

「ゲラルにマイヤーだと?これは驚いた。思わぬ西の大物が出てきたな」
「……吐きたい」

ぼそっと呟いた小竜にスティールは慌てた。

「わー、ドゥルーガ。吐くなら地面に吐いてくれ!」
「無理だ。王都に帰ったら勝手に治療に行くから安心しろ」
「治療って何処に?」
「そこは内緒だ」
「???」

よく判らないが治療法があるなら大丈夫なのだろう。スティールはそう思うことにした。
ふと気づくと仲間の一人の表情が優れない。

「ウェルザ、どうかした?」
「マイヤー家……西の名門一族だ…」
「そうなんだ」

ウェルザは頷く。言葉少ない彼が表情を曇らせるということはそのマイヤー家と何らかの関わりがある家なのかもしれない。

「マイヤー家って言えば、バール騎士団の真横の領だよな。大陸十字路も通る要所だ。騎士団にも少なからず影響が行くと思うぜ!」

ルーガの意見にスティールは顔を引きつらせた。確かにその通りだが、ここでその台詞を言うのはマズイ。内容的にかなり重要な情報なのだ。軽々しく口にしていいようなことではない。
スティールの予想通り、先頭のフェルナンがスッと表情を消した。

「君、その話は口外無用だ。この程度のことは言わずとも自ら配慮したまえ。騎士たるもの、情報の重要性は十分認識するように心がけよ」
「ハ、ハイッ!!失礼しましたっ!!」

青ざめ、慌てて頭を下げるルーガの横で他のメンバーも体を強張らせている。フェルナンの怒りは滅多に眼にすることができないだけに迫力がある。冷たく研ぎ澄まされた刃を首元に向けられているかのような緊張感があるのだ。
普段、穏やかに笑んでいることが多いだけに誤解されがちだが、フェルナンはけっして優しくもなければ穏やかでもない。意外と短気で厳しい性格なのだ。

「スティール、ドゥルーガが溶けてるよ!」
「ええ?うわー、ドゥルーガ、本当に大丈夫か!?」

後ろを歩いているティアンに教えられ、スティールは肩を見て驚いた。確かに溶けている。半分ほど形が崩れてぐにゃりと肩にかかっている状態だ。このままではアイスか何かのように溶けて流れていきそうな勢いだ。

「待ってて、革袋出すから!」

気が利くティアンが荷物の中から差し出してくれた革袋を受け取り、スティールは流れかけているドゥルーガを入れた。