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■暗月の招く影(8)


「フェルナン様!!」

フェルナンは体の殆どを覆う白のマントに第一軍将軍の証である紋章入りの翼を象ったマント止めをした姿だった。
軍団長の姿に皆から安堵の声が零れる。
味方が来てくれるとは思っていなかっただけに嬉しい来訪であった。おまけにフェルナンは風の上級印の使い手だ。とても心強い。
スティールの真横に着地したフェルナンはスティールの肩をたたいた。

「まさか『恨みの影』相手にまともに戦っているとは思わなかった。惚れ直したよ」

本気か嘘か判らない台詞にスティールが戸惑っている間に、フェルナンは風の印がある左腕を邪霊の方へ向けた。

「では片付けようか。土の印を解除せよ」
「はいっ!!」

スティールとラーディンがフェルナンの指示に従い、土の印を解除する。それとほぼ同時にフェルナンは風の印を発動させた。
印が服越しに銀色に輝き、腕が銀色に包まれる。
周囲に巻き起こる強風にスティールは腕で顔を守った。
一瞬後。
巨大な稲妻のような音とともに竜巻を横倒しにしたような強烈な風はフェルナンの腕から放たれ、周囲の地面と木々をなぎ倒しながら、山腹を削り取り、邪霊の集団をあっという間にかき消した。
残されたのはビリビリと肌を突く空気の余韻、そして大きく削られた山腹だ。
スティールとラーディンは初任務時に見たことがあったのでそこまで驚かなかった。
しかし他のメンバーはフェルナンの技を見るのは初めてだったのだろう。あまりの威力に呆然とした様子で見入っている。
ネクリスやルーガが放っていた風の技とは段違いの威力。

(…凄いなぁ、フェルナンは…)

これが将軍位に就く者の実力なのだ。
再度それを噛みしめながら、スティールはフェルナンに頭を下げた。

「ありがとうございます。おかげで危ないところを助けていただきました」

班の代表として礼を告げるとフェルナンは小さく笑んだ。

「いや、『恨みの影』は想定外だったからね。奴等は風の上級印でないと対処が難しい。それで風の印の騎士が出たというわけだ。報告によると、緊急招集用の狼煙を焚いたらしいが、風が強くて流されてしまったそうだ。それで君たちには見れなかったのだろう。結構奥まで来ていたからね」

フェルナンはちらりとスティールを見た。
スティールはフェルナンが自分の印を辿ってきた可能性に気づいた。通じ合っている運命の相手同士だと、相手のいる方角程度は判るのだ。
今日はドゥルーガがずっと小竜状態だった。そのため、印の波動も抑えられることがなく、フェルナンに伝わったのだろう。

「あと、ビーグ子爵家で起きた殺人事件の犯人が山に逃げ込んだという報が入っている。君たち、心当たりはないかい?情報によると複数犯のようだ」

スティールたちは思わず顔を見合わせた。心当たりも何も、首のない死体を担いだ傭兵のような身なりの二人組を見たではないか。そのせいで一旦は引き離した邪霊たちに再び追われることになったのだから、忘れるはずがない。

「二人組の男を見ました。首のない死体を担いでいました」

スティールよりも先にラーディンが答える。返答を聞き、フェルナンは眉を寄せた。

「その男たちはどうした?」
「スティールが倒しましたが、直後に邪霊に追われたため、放置致しました。その後、邪霊の中にその姿を見たため、邪霊に襲われて死んだものと思われます」

スティールが倒したとの台詞にフェルナンに見つめられ、スティールは見つめ返した。

「……ふぅん……」

それはどういう意味だろうと内心思いつつ、スティールが見つめ返していると、フェルナンは綺麗に笑った。
仕事時の作ったような笑みや冷笑ではなく、純粋な感情による好意的な笑みに思わずスティールが見惚れていると、フェルナンは腰に付けた小さなポーチから茶色の筒を取り出した。それをスティールへ放る。

「火をつけたまえ。邪霊を倒した連絡をせねばならないからね」
「ハイッ」

手の平サイズの筒を地面に差してスティールが火の印で火を付けると、茶色の筒から光が打ち上げられた。パンパンと空で音が響き渡る。

「次はこれだ」

更に筒が投げ渡される。

「暗殺犯の手がかりを掴んだため、確認へ行くという連絡だ」
「…え?」
「何を驚いている。当然のことだろう」
「は、はい。ええと……みんな、場所を覚えてる?」

スティールは班のメンバーを振り返った。
何しろ山を逃げ回ってきたのだ。どこをどう行けば、暗殺犯のいた場所へ戻れるのか判らない。
全員が首を横に振る中、返答は思いがけないところからあった。

「覚えてるぞ」

返答はスティールの腕からあった。小手の状態のドゥルーガが返答したのだ。

(そういえば、ドゥルーガってめちゃくちゃ方向感覚がよかったっけ……)

夜道だろうが何だろうが、一度通った道を忘れないドゥルーガのおかげでフェルナンを死の淵から助け出せたこともあった。
あのときはありがたかったが、今回は微妙に嬉しくなかった。誰だって暗殺犯の遺体がある場所になど戻りたくはないだろう。
しかも目的の一つは殺害された被害者の遺体回収だろう。被害者が貴族ならばまず間違いはない。

「では決定だね、戻るよ」

軍団長の命令であれば嫌であっても嫌というわけにはいかない。
フェルナンの命令にスティール達は仕方なく頷いた。