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■暗月の招く影(6)


近衛第一軍の大隊長の一人、コーザは同僚からの報告に目を丸くした。

「は?今何て言った?」
「だから彷徨いし死者が現れたそうだ。それも『恨みの影』だ」

コーザは舌打ちした。

大隊長であるコーザは『恨みの影』のことを知っていた。
ある一定の条件が揃えば現れる邪霊と呼ばれる存在。
強烈な負の感情を抱いたまま、受け入れられぬ死を強制された者で、なおかつ力を持てるようになる条件が揃っていれば邪霊になると言われている。
邪霊のことは数が少なく、遭遇率が低いことから、詳しいことは解明されていない部分も多い。
ある程度、騎士として経験を積んでいる者であれば存在ぐらいは知っているだろう。しかし知らない者がいてもおかしくはない。さほど出現率が高くない『恨みの影』はその程度に知られている存在だ。

「よりによって新人演習中の山にか。対処方法を知る者がいればいいが。それで新人は戻したのか?」
「風が強すぎて信号弾は使えなかった。それで緊急招集用の狼煙を焚いたんだが、やはり風が強くて流されてしまった。近場にいた班は戻ってきたが、残る半数の班はまだ山の中だ。おまけにビーグ子爵家の暗殺犯が山に逃げ込んだ可能性があるという報告が憲兵から入った。貴族の館で暗殺を成功させたほどの者だ。手練れであることは間違いない。しかも複数犯だという」
「何もかもタイミングが悪いな。それこそ呪われているかのようだ」
「茶化している場合じゃないぞ。『恨みの影』は仲間を作る。おまけに暗殺犯に遭遇でもしたら最悪だ。風の上級印持ちでも大量の『恨みの影』が相手だったら危ない。少数でも『恨みの影』の強さ次第では十分危ない。一刻も早く助けないといけない」
「そうだな。フェルナン将軍に報告は?」
「テルスが向かった。『恨みの影』が関わっている以上、今回は風の上級印持ちじゃないと無理だからな。将軍にも出てもらわざるを得ない」
「そうだな。まぁ運命の相手であるスティールが関わっているから出て下さるとは思うが…」

コーザ自身、風の印の使い手だ。出なくてはいけないだろう。今話したスティールを始め、麾下の新人たちもいるからだ。

「死者が出なきゃいいが……」

呟きつつも、スティールだけは大丈夫だろうとコーザは思った。スティール自身は風の印を持たないが、何と言っても紫竜がいるのが強い。仮に遭遇しても、なんだかんだと言いながら、しっかり退けていそうだとコーザは思う。あの頼りなさそうな新人は思いがけない一面を持っているのだ。
上官であるコーザの読みは当たりだったが、そのことをコーザ自身は知るよしもなかった。


++++++


一方、スティール達は朝日を浴びて、身を浄化した後、再び山を歩いていた。
いつも小手状態のドゥルーガはスティールの肩の上にいる。証探しを手伝ってくれとスティールが頼んだため、しぶしぶ小竜状態になっているのだ。

「あぁもう帰りてえ〜。何もかも放り出して帰りてえ〜」

すっかり嫌気が差して愚痴りっぱなしなのはルーガ。

「いい加減にしてよね。こっちまでうんざりするじゃないか」

容赦なくルーガの頭にげんこつを落としているのは意外と厳しいティアンだ。

「ハハハ、ティアンもやるなー。けど確かに肉や魚が食えねえのは結構辛いよな」
「そうだね。ラーディンは体が大きいから余計そうなんだろうね」

笑うラーディンにスティールも苦笑気味に同意する。

「邪霊どもも朝日を浴びて、消えちまえばいいのによ」
「そう都合良くいくわけないよ。昼間は動けないだけらしいよ」
「ちえ。どうにかならないのかよー」
「ちゃんと葬儀してあげるのが一番いいんだろうけれどね」

スティールは故郷で行われている葬儀を思い出しながら言った。
死者と語り合える闇の印を持つラジクがいたらと思う。
彼ならば何らかの良策が執れただろうに。死者に関することでは専門なのだ。

肉が採れないので、山菜や果物をちびちびと集めながら進んでいく。
携帯食を節約するために、控えめな食事をし、それを見つけたのは夕刻近くのことだった。

「あっ」
「どうした、スティール?」
「地面を掘った後がある」

スティールはザクザクとその場所を掘っていった。

「やった、証じゃねーか!!」
「よく見つけたね、スティール」
「今回はスティールが一番活躍しているな」
「惚れ直したぜ」

班のメンバーに褒められ、スティールは照れた。しかし班のメンバーはスティールの様子より、ラーディンの台詞に驚いたらしく、振り返っている。

「惚れ直したぜってお前なー」
「え?付き合ってるのか?」
「そうだぜ。運命の相手だし。スティールは俺の恋人だ」

普通なら恥ずかしがるところかもしれないが、照れることなくあっさり肯定するラーディンにルーガたちは戸惑いつつも納得した。そうあっさり言われるとただそれだけのことのように聞こえるから不思議だ。

「けどお前、確かカイザード先輩と…その、良い感じなんじゃなかったか?」

士官学校時代から同じのルーガがスティールに問う。
スティールは泥にまみれた真鍮製の証を手で払いながら頷いた。

「そうだよ、運命の相手だし」
「それを言ったら、お前、フェルナン様も運命の相手じゃないか」
「そうだよ」

肯定したスティールに、その場が微妙な沈黙に包まれる。
ルーガが更に何か問おうとしたとき、ドゥルーガが肩からパッと飛び出した。

「伏せろ!!」

スティール達は突然の声に慌てて、重なりあいながら地面に伏せる。
ドゥルーガは飛んできた黒い煙の固まりのようなものに体当たりした。黒い煙はブン…と鈍い音を立てて消え、小竜はボトリと力なく地面に落ちた。