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■暗月の招く影(3)


「なぁこれで身は清められたのか?」

翌朝、ルーガに問われたスティールは首をかしげた。
ルーガはよほど昨夜の経験が堪えたらしく、寝不足のようだ。そして朝日を浴びただけでは不安らしく、しきりに周囲を見回している。

「うーん、俺も聞いただけだからよく判らないけれど、ラジクが『朝日は一番清めにいい』って言ってたからそうなんじゃないかな?」
「何だよ、そのラジクって。本当に大丈夫なのかよ?」
「そう言われても俺は専門じゃないからね。不安なら王都に戻ってから教会へ行きなよ」
「そーする」

ルーガは力なく頷いた。
王都のように整備された道ではなく、勾配のある山道は体力を消耗する。
そしてただ歩いているだけでは駄目なのだ。目的の証を求めて歩き続けなければならない。
証は近衛騎士団の紋章が入った真鍮製の小さな札だ。
スティールは証探しを友人たちにまかせ、自分は食料探しに集中した。役割分担というわけである。
そうして木の実などを探して歩いていたスティールはその枝先に光る物を見つけた。

「枝の先に何かがひっかかっているよ」
「あっ、証の一つじゃねえのか?スティール、すげえぞっ」
「随分高いところにあるね、木登りじゃ難しそうだ」
「枝を切り落とすか?」
「風の印で?うーん、万が一おかしなところに落ちたりしたら面倒だしな」

スティールは己の小手に視線を落とした。

「ドゥルーガ。頼むよ」
「俺は物を拾いにいく犬じゃないぞ?」

文句を言いつつも小竜はしぶしぶ飛んでいき、証を手にして戻ってきた。


++++++


「まだ二日目かよー」

ルーガは既にうんざり顔だ。よほどこの訓練が合わないらしい。

「俺も早く帰りたいなぁ」

一番馴染んでそうなスティールがそう言うので周囲は少し驚いた。

「スティールでもそう思うのか?」

都会生まれの都会育ちであるラーディンが意外そうにスティールへ問うとスティールは苦笑した。

「うん、まぁね。俺はそんなに体力がある方じゃないしさ。それにフェルナン様の誕生日が近いんだよ。訓練終了日から王都へ戻るまでの日数を考えるとかなりぎりぎりでさ。ただでさえ難しい人なのに準備期間すらないと思うと頭が痛いよ」
「あの人、今の時期なんだ?」
「うん、聞き出すのに苦労した」
「約束はしてるのか?」
「うん、強引に約束した」
「強引に?よく許してもらえたな」
「フェルナンには遠慮してたら何も進まない。会うたび喧嘩しまくりだよ。俺、自分がこんなに短気だったのかなって最近思うようになったよ…」

スティールの言葉にラーディンはため息を吐いた。
フェルナン相手に誕生日を聞き出して、強引に約束をもぎ取るとは恐ろしい。他の者なら絶対許してもらえないだろう。スティールだから出来る芸当だ。
他のメンバーもスティールの話に相当驚いたのか、目を丸くしている。

「あの人と喧嘩できるって相当凄いぞ、スティール。短気かどうかなんてレベルの問題じゃねえ気がする。俺にはそんな度胸ねえよ」

ラーディンがため息混じりに告げると、スティールは判っていないらしく、きょとんとしている。自覚がないらしい。

「そうかなぁ…でも…」
「ん?」
「おい」

声を遮るようにドゥルーガが口を開いた。

「こちらへやってくる者がいるぞ。殺気と死臭がする」

スティール達は顔を見合わせた。

「他のグループか?」
「けど死臭って」
「念のため、隠れよう」

スティール達は分散して木陰に隠れた。
やってきたのは二人組の男だった。傭兵のような姿をした男二人は肩に人を担いでいた。その担いだ人間には首がなかった。

「だいぶ山奥まで来たな。この辺りでいいか」

男達は木々の間に担いだ男を放り捨てるとそのままやってきた道を戻っていこうとする。

(殺人!?殺人だよな!?ど、どうしよう、あいつらを捕まえなきゃ!)

騎士は犯罪者を捕らえなくてはいけないのだ。そういう立場にある。
狼狽えるスティールに対し、ドゥルーガは冷静だった。

「捕まえる?じゃあ、俺たちに気づいていない今がチャンスだ」

パッと飛び出したドゥルーガはいつものように雷雨を敵に浴びせた。不意打ちを突かれた男二人は雷雨の直撃を受けて悲鳴を上げた。

スティールは土の印を発動させ、反重力の檻に二人を捕らえた。捕まえる方法としてとっさに思いついたのが土の印だったのである。
ドゥルーガのおかげで発動時間を得られたスティールの技は上手く男二人を捕らえることができた。

「スティール、び、ビックリするな!!いきなり捕まえるなよ!!」
「いや、ルーガ、それは違うよ、俺たちは騎士だから犯罪者は捕まえないと…けど、俺も驚いた」
「はあ?なんだそりゃ!?」

そこへピクリとドゥルーガが身を震わせた。

「おい、早めにそこの死体の首を探せ」
「え?」
「お前達の身が浄化されても、昨夜の影が浄化されたわけじゃない。この近距離で死の汚れを浴びたからな。このままじゃ追ってこられるぞ」
「ええ!?」
「こ、こいつらどうする!?ドゥルーガッ!!」

慌てるスティールに対し、小竜はどこまでも冷静だった。

「どうすると言われてもな。ここでそいつらを殺したら、そいつらまで死人の葬列に加わるだけだ。殺すわけにもいかないだろ」
「まだ昼なのに!!」
「そいつは違うぞ、夕暮れだ。そして陽が落ちるか落ちないかの時間帯ってのはな、一番ヤバイ時間帯だ」

ドゥルーガの指摘は、救いにならない冷静な指摘であった。一段と一行の雰囲気が暗く張りつめたものになる。
ある方角を見ていた小竜が小さく舌打ちする。

「チッ、間に合わねえな。おい、ラーディン、茶髪、行くぞ。そいつらは放っておけ」

捕らえた男二人をロープで縛っていたラーディンとティアンは驚いてドゥルーガを振り返った。

「放っておけって言われても、こいつら殺人犯だぞ」

もっともである。
しかし、ドゥルーガが意味のないことを言わないと知っているスティールは慌てて友人二人を促した。

「いいから行こう、ラーディン、ティアン!!逃げるよ!!」

なおも躊躇う生真面目なラーディンを引っ張るようにスティールは走り出した。他のメンバーもそのまま二人と共に走り出す。数秒後、男達の悲鳴のような声が響いた。
ちらりと振り返ると、山中と言うこともあり、夜に近いぐらいうす暗くなった木々の影に紛れてうす暗く輝く死の影が垣間見えた。
あのままあの場所に留まっていたら、一緒に捕まっていただろう。スティールはゾッとして背を奮わせた。