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◆闇神の檻(9)


紫色の小竜は困惑していた。
スティールの武具である彼は、スティールがどこにいようと、どれだけ離れていようと居場所が判る。
てっきり王都の宿舎にある部屋だろうと思い、帰ろうとした小竜はスティールの方角が違うことに気づいて戸惑った。

「……?」

空を見上げる。星が瞬く夜空だ。ようするに日はすっかり暮れている。
夜勤ではないはずなので、デートだろうか。

(今日はラーディンと約束していたような気がするが…?)

人の営みに大した興味がないドゥルーガだったが、相方の行動はちゃんと把握済みだった。

(まぁいい)

スティールがデート中だろうが、ナニをしていようが構いはしない小竜はスティールのいる方角へ飛んでいった。
出来の良い剣を作り上げた小竜は満足していた。丸腰のスティールだが、騎士らしく剣の一つでも持たせてやろうかと思っていたのである。
闇夜に紛れそうな黒に近い色の小竜はどんどん飛んでいき、王都の外れにあるスラム街の外れへ降り立った。
密集した廃屋のようなものが集まる場所の片隅に、板きれを集めて作ったようなボロ小屋が見える。入り口にはボロボロの服を着た男が二人ほど座り込んでいたが、小鳥のような小竜は気にすることなく、建物の裏側から入り込んだ。
入り込んだ小屋の中には人が一人入れそうな穴があった。その穴には縄ばしごが見える。
小竜はハシゴを使うことなく穴の中へ入っていった。

穴の奥はいきなり広くなっていた。
通路のように広く掘られ、天井も大の男が余裕で歩けるほど高い。
壁や足下も綺麗に石畳で整備されている。まるで地下の神殿のような造りになっていた。

(ほほぅ!)

鍛冶に興味がある小竜は建物の造りにも無関心ではない。少々感心して周囲を見回しつつ、スティールのいる方角へ飛んでいった。
その途中、広間のような場所に貴族のような女性がいたが、小鳥のように素早く広間を横切った小竜は気づかれることもなく、小竜の方も女性を気にすることがなかった。
そうして小竜は何事もなく己の使い手の元へ到着したのである。


++++++


「あ、ドゥルーガ!何でここが判ったんだ!?」

牢の中にいた使い手は驚いて声を上げた。

「俺はお前の武具だぞ。何処にいようが判るに決まっているだろうが」
「そうか。助けに来てくれてありがとう」
「助ける?何の話だ?」

単に使い手の元へ戻っただけのつもりのドゥルーガは怪訝に思って小さな首をかしげた。

「それより見ろ、土産があるぞ」

ドゥルーガは己の体に取り込んでおいた剣を取り出した。小さな体にどうやって入っていたのかが判らない。
体積的にあり得ない行動をした小竜は誇らしげに剣を見せた。

「この剣は凄いぞ。久々に剣を打ったんだが、素材としては銀青石を使用してな、白に近い高温の…」

喜々として説明しようとしたドゥルーガの剣は説明を終える前に奪われた。

「ドゥルーガ、武器を持ってきてくれたんだ、ありがとう!シード様っ、剣です!」
「助かるな。けど俺が持っていいのか?」
「俺は剣は苦手で。それに印の方がお役に立てるかと」
「なるほどな。四重の上級印じゃ印の方が慣れていて当たり前か。じゃありがたく頂くか」

渡そうとした相手に奪われただけでなく、その相手によって抜かれることもなく別の相手に剣を渡され、さすがのドゥルーガも憤慨した。自分はスティールのために剣を打ったのだ。しかしそのスティールは刀身を抜くことすらせずに別の相手に剣を渡した。これで気を悪くしないはずがない。

「おい、スティールッ!その剣は…!」
「ありがとう、ドゥルーガ!!おかげで助かったよ!!本当にどうしようかと思ってたんだ!!」
「……」

苦情を言おうとしたドゥルーガは、スティールに顔を輝かせて感謝され、苦情を言い損ねた。
訳が分からない。しかし剣がありがたかったのは確からしい。

「お前の為に打ったんだが…」
「そうなの?けど今はシード様にお貸ししようよ。今はここを生き延びて脱出しなきゃ!」
「……生き延びる?」

そこでようやくドゥルーガは今の場所へ疑問を持った。

「そういえばお前はここで何をやってるんだ?今夜はラーディンと会うと言ってなかったか?」
「……もっと早く気づこうよ、ドゥルーガ」

珍しくもスティールに突っ込まれるドゥルーガであった。