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◆闇神の檻(4)


ニルオスの部屋は第二軍の宿舎にある。
宿舎を訪ねたスティールは留守だと告げられ、ニルオスが訪ねたという宿へと向かった。
副官のキーネスも一緒である。
たどり着いた場所は貴族や一部の富裕層が使用するであろう上質の宿で、スティールは非常に緊張した。

「あの、スティール様」
「スティールでいいです」

年上に様付けされるのはどうにも気まずい。

「いえ、私より遙かに階級が上ですし。スティール様こそ、俺に敬語はご遠慮ください」
「いや、そう言われましても…」

不器用な会話を交わしつつ、二人は宿でニルオスの部屋を問うた。

「あの、スティール様。ニルオス様はもしかしてデート中じゃ…」
「あ、そういえば…」
(まずかったかな?もしかして恋人とかそういう人と会ってらっしゃるんじゃ!?)

宿屋なんだから当然その可能性は高いだろう。今更ながら、そんなことに気づいたがもう遅い。
洗練された動きの従業員の案内により、絨毯の敷かれた通路を追っていく。
案内された部屋はその宿の一番上階にあり、下階と違って扉は一つしかなかった。この階にはただ一つしか部屋がないのだろう。それだけで部屋の質の良さが判る。

「こちらでございます」
「はい、ありがとうございます」

格調高い木彫りの扉につけられた金色の輪にスティールは軽く息を飲んだ。 こんな質の高い宿には来たことがない。自然と緊張が高まる。おまけにこの中にいるのはあのニルオスなのだ。
スティールは金色の輪を使ってノックした。

「失礼します……」

うっかり返答を待たずに扉を開けたスティールは、扉の内側のやや奥にいた、頭と口元に黒いバンダナをした男と眼をあわせた。
使い古された皮の肩当てと肘当て。着ている服装は黒ずくめで見るからにこの上質の宿には不釣り合いの姿だ。しかもそんな男が複数いる。
(ええと…?)
思わず固まったスティールは、体当たりされるように突き飛ばされた。

「うわ!!」
「捕まえろ!!」
「は、はいいっ!?」

部屋を飛び出してきた男は複数だった。
スティールは慌てて室内を見た。腕を押さえて蹲るニルオスとその傍らに座る男がいる。座る男の方は体にシーツを被っていて顔がよく見えない。

「ニ、ニルオス様、怪我をっ!?」
「いいから、捕らえろ!!絶対書類を奪い返せ!!」
「は、はいっ!!行こう、キーネス」
「はいっ!」

何が何だか判らないが、『助けろ』ではなく『捕らえろ』なら、そうするべきなのだろう。
怪我を負っているニルオスの状態も気になるが、今はやるべきことをすべきだろう。
慌てて走り出すスティールたちであった。


++++++


最初の男は宿のホールで姿を捕らえた。
パッと腕から飛び出したドゥルーガが雷撃を浴びせ、男が怯んだ隙に地の印で捕らえる。

「襲撃者ですっ!!縄で捕らえて、近衛第二軍へ引き渡してください!!」

スティールが近衛軍の騎士服姿だったため、宿の従業員らは素直に頷いてくれた。
質の良い宿屋だったため、警備員もいた。入り口から駆けつけてきてくれた彼等が縄で捕らえていくのを確認し、スティールは再び走り出した。

「うう、わかんなくなった。どうしよう…」
「そ、そうですね…」

宿を出るとすでにもう一人の男の姿はなかった。周囲は夜ということもあり、視界も効かない。
ニルオス様に怒られそうだと思いながら、スティールは周囲を見回した。

「大丈夫だ。ヤツは血を浴びていたからな」

頼りになる小竜はあっさりと答えた。
もしかしなくてもそれはニルオスを負傷させたときの返り血だろう。

「こっちだ」

飛んでいく小竜を追って走りつつ、スティールは眉を寄せた。

「ニルオス様、大丈夫かな」
「腕を怪我しておられましたね…」
「だが医者ぐらい呼んでいるだろう」

不安げな二人に冷静な小竜はあっさりと答えた。
そういえば隣にいた人物は誰だったのだろうか。確認しなかったが、シーツから覗いていた腕や体格は男性のものだった。ニルオスがはね除けようとしていなかったので、敵でないことは確かだろうが、確認しないまま放ってきたことが何となく気にかかる。

「…ん?血臭が薄くなった。どこかに入ったな」
「入ったって?」
「大丈夫だ。だいぶ追いついたから見失うことはない」

小竜はどんどん進んでいく。やがて王都でも治安の悪いスラム街と呼ばれる場所に入っていった。

「ここだ」

小竜が教える場所は、今にも崩れそうな建物が密集する地帯にあった。
入り口の扉には蛇をモチーフにした逆さ聖印が書かれている。

(へ、へんな場所…。ドアに蛇って悪趣味だな……)

フェルナンやサフィンがいたら、その逆さ聖印が意味するものに気づいただろう。
ニルオスやグリークは言うまでもない。
それはかつて近衛第二軍が潰した人身売買組織であり、邪教を信仰する一派が使っていた目印であった。