近衛軍では定期的に会議が行われる。
その中でも軍総本部で開かれる将軍位による会議は最高会議の一つだ。
シード様と食事をするようになって半月後、俺は定例会議が始まる前に、第四軍のディ・オン様から会議室で苦情を告げられた。
ディ・オン様は日に焼けた肌を持つ体格のいい方で、毒舌家の部下曰く『黙って立ってりゃいい男』という方だ。
「おい、スティールっ!お前、シード様とデートしているって本当かっ!?」
「はあ?」
「嘘をついても無駄だぞ!シード様と東通りのラ・ムーラに入っていくところを見たという確かな情報が入ってるんだからな!」
どういう確かな情報ですか、それは。
うう、斜め前にいるフェルナンの視線が痛い。なんでそんな誤解が生まれてるんだろ。食事を一緒にしただけであってデートじゃないのに。
しかし興奮したディ・オン様は派手に嘆かれた。
「くそぉ、羨ましい!俺もシード様とデートしたいのによ!毎日毎日仕事ばっかでお誘いする暇もねえっての。そもそもお誘いしても大抵お断りだしよ!何でお前なんだー!大体お前は…」
あ、ディ・オン様、後ろに…。
「うぜえ!何、怒鳴ってやがるっ!入り口をデカイ図体で塞いでるんじゃねえ、とっと席に着け!」
シード様だ。
ディ・オン様はシード様の元部下らしく、階級が逆転した今も公式以外の場では地位が逆のような会話が交わされている。
会議が始まれば、シード様の方はちゃんとした言葉遣いをされているのだけれど、ディ・オン様はいつも通りだ。周りの人が何度注意しても直らなかったらしく、他の人たちも匙を投げたという。
「シード様!シード様が悪いッス!こんなガキとデートしてらっしゃるから…」
「はあ?アホか!スティールにはテーブルマナーを教えただけだ!七竜の使い手がイザって時に何も知らないじゃ格好がつかねえだろうが」
「何で軍が違うのにテーブルマナーなんて教えておられるんで?」
「偶然、町で会ったからだ」
食い下がるディ・オン様に対し、シード様はあっさり即答された。本当のことだから当たり前だけど、何だかお見事って感じだ。さすがにディ・オン様もそれ以上は何も言えず、黙り込んでしまわれた。
「あー、うぜえ。何で会議前からこんなことで議論しなきゃいけねえんだ。まぁディ・オンがアホなのが一番の原因だけれどよ。
おい、スティール、お前も次からフェルナンに教われ。そしたらこいつもギャアギャアとアホなこと言わねえだろ。フェルナン、お前もいいだろ?」
「あぁ元々私の部下だからね。スティールが世話になった」
「別にいいぜ。ただの成り行きだ」
どうやら次からフェルナンが相手をしてくれるらしい。
嬉しいような怖いような、複雑な気分だ。
視界の先では早速ニルオス様とアルディン様が議題について議論していらっしゃる。その様子を見て、サフィン様とシード様がうんざり顔だ。毎回だから無理もないけれど。
「テーブルマナーぐらいで目くじら立てるほど、心狭くはないつもりなんだがね」
席に着きつつ、フェルナンが呟いた。俺がシード様に教わったことが気にくわなかったらしい。
けど俺にも俺なりの事情があるのだ。
「……貴方だからです」
「何だって?」
「貴方には格好悪いところを見せたくなかったんです」
ラーディンなら今更だし気にならない。
カイザードも同じ。
けれどフェルナンにはどうも張り合ってしまう。今更だと判っているし、俺らしくない自覚もあるんだけれど、気になってしまう。
そう思い、内心落ち込んでいると心なしか、フェルナンの顔が赤い。どうも少し照れているらしい。珍しいな…。
第2軍と第5軍の将軍たちの言い合いのために、こちらを見ている人がいないのが救いだ。フェルナンの可愛い顔はあまり見られたくない。
そのとき、ディ・オン様の呆れ声が響いた。
「お前らいいかげんにしろよなー。予算なんか等分でいいじゃねえか」
「それほど大ざっぱなのもどうかと思いますがね…」
第4軍ディ・オンの意見にはさすがに呆れ顔の第3軍リーガ様。そりゃそうだろうな。
「てめえら何を聞いてやがる。今の話は予算じゃなくて、出回っている偽造銀貨の件だ」
「へー。けどそっちは既に憲兵が動いてるじゃねえか。それより重要なこと話し合おうぜ。うちの食料庫のネズミ被害が大変だって下から陳情が来てるんだけどよー」
第4軍からの議題はネズミ対策についてらしい。一気に議題のレベルが下がった気がする。
「そんなこと自軍で何とかしてください」
「アホ!うちの管轄の地区にあるが、遠征時は全軍が共同で使用する備蓄庫だ!それに切実なんだぞ。ネズミ500匹以上っていう目撃証言が複数なんだからな!しかも雪崩のように現れたって証言もあるくらいだ。おかげで俺の元に陳情書が山のように来て、処理が大変なんだぞ!」
ネズミのせいで書類整理も切実らしい。
どうやら本気で大変らしいと他の将軍らも考え直したらしく、顔を見合わせた。
「食料庫はやべえな。遠征用の備蓄まで食われちまったら話にならねえ」
「対策としては、やっぱ猫だろ」
「猫ですか?」
「猫だよな」
「今までいなかったのかよ、猫。一匹ぐらい置いておけよ」
「ネズミ500匹じゃ猫もそれなりの数がいるんじゃねえか?一匹じゃおいつかないって」
「じゃあ猫も集めないといけませんね」
「そうだな、500匹以上に対抗しねえといけねえわけだし」
「どこで猫を手に入れる?」
軍の最高会議とは思えない会話だ。
「買うか?」
「却下。ネズミ対策に回せる予算はありません」
「だよな。今でもギリギリだし」
「そこら辺から集めろ」
「春になったら猫の産み月で子猫が多いんだが…」
「春まで待てねえって!雪崩のようなネズミだぞ!」
「じゃ集めろ」
「うーん、集めるか…」
「決定だな。猫集めだ」
どうやら猫集めを実施しなければならないらしい。
「急ぎだよな?」
「当たり前だ」
「けど秋だぞ。秋休暇で兵は殆ど帰省中だろ?」
秋は収穫の季節なので長期休暇制度が設けられている。
どの国も条件は同じなので、秋は侵攻がない。どの国も飢える危険を冒してまで侵攻してはこないのだ。その代わり、収穫後、冬との境目が危険な時期となる。
「最低限の人間しかいないだろ」
「どこもそうですよ」
「猫探しに回せる余裕はどこもねえって」
「けど猫は集めないと。備蓄が食べ尽くされてしまっては大変です」
「勤務時間外にやらせるしかねえな」
「残ってる人間を総動員して猫を集めないといけませんね」
「そうなるな」
「じゃあ俺らも動かねえとな。人数の少ないところを部下は頑張ってるんだぜ?そこを時間外に猫集めしてもらうわけだ。遊んでるわけにはいかねえだろ」
ディ・オン様の意見は正論だ。
正論だけれど、皆が黙り込んでしまったのは猫集めをする自分を想像してしまったからだろう。
「…やるしかねえだろ」
最初に賛同されたのはシード様だった。
シード様は唐突に紙をビリビリと破り、小さな紙に数字を書き込んでいかれた。
「くじ引きだ。人数差もあるしな。ちゃんと組を作って猫を集めようぜ」
「………」
舌打ちしたのはニルオス様。どうもさぼろうと考えておられたようだ。
「私は小動物は苦手なんだが…」
そう仰られるのはアルディン様。こちらも乗り気じゃないらしい。
「仕方がありませんね」
リーガ様も乗り気じゃないらしい。しかし素直にくじに手を伸ばされた。
一人がくじを引くと、皆諦めた様子でくじを引いていく。
俺も折り曲げられた紙切れに手を伸ばした。
「………」
運の悪さってこういう時によく出るものなのかな。
「テメエと一緒か」
俺は第二軍ニルオスさまと猫集めをすることになった。