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◆猫とネズミとレストラン〜ある事件裏の話〜

1.始まり


家は田舎の薬師で、士官学校時代は食堂で食事をしていたから、殆ど外食はしなかった。
だからランクの高い料理店なんて全く縁がなかった。
しかし、副将軍となったため、今後は一流の宴の場にも出る必要がある。
そしてフェルナンの件もある。彼はどうも平均より上の料理店を好むらしい。何度か誘った飲食店はことごとく断られた。
一定以上のランクの店では一定のマナーが必要となる。士官学校ではある程度マナーを教わったけれど、ハッキリ言って自信がない。
とりあえず実践で慣れようかと思い、ランクの高そうな店を探して回った。そうして何とか、一件発見したものの、入るには勇気がいる。それなりに質の良さそうな店を前にどうしようかと躊躇っていると、声をかけられた。

「今から食事か?」

第五軍副将軍のシード様だ。私服姿って初めて見た。シンプルだけどよく見ると質の良い服だ。けれどこうして見ると、あまり目立たない方なんだな。とても副将軍なんて高位についていらっしゃるようには見えない。俺も人のことは言えないけれど…。
シード様はちらりと飲食店を見て、入るか?と仰った。

「ここは結構いい店だぜ。外から内部は殆ど見えないし、平均より値は張るけど味も雰囲気もいい。その分、レベルもそこまで高くはないんだがな」
「えーと、俺、マナーに自信がなくて…慣れたいと思ってるんですが、ご迷惑をおかけするかもしれません」
「そんなことか。当たり前だろ。お前みたいな若い騎士がいきなり慣れてたらそっちが怖い。ありえねえだろ。
大体、うちのアルディンみたいに特殊な例じゃなければ、慣れてないのが普通だ。怖がってねえで今から勉強しろ、勉強」

じゃあ入るぞ、と腕を引っ張られる。なかなか強引で荒っぽい人なんだな。
口は悪いけれど、仰っておられることは間違っていない。

二人でテーブルについて、お店のおすすめのコースを選んだ。
食事中、時々シード様のチェックが入った。

「ワインなどは詳しくなかったら店側に任せた方がいい。料理にあったワインを選んでくれるからな。ある程度の店になるとソムリエがついているしな」

シード様はこういうランクの店に慣れておられるらしく、堂々とした態度で料理を楽しんでいらっしゃる。

「こういう店ではビクビクしている方が目立つし恥だ。開き直って堂々としていろ。お前も副将軍なんだからこういう店に入っても全然恥ずかしくないんだぜ?
いいか?はったりも武器のうちだ。磨きまくればそのうち本物になるしな。戦場でも同じだ。弱いヤツはとりあえず殺しておけとターゲットになる。堂々としてたら戦場慣れしているヤツだと警戒される」

シード様の説明は判りやすくて的確だった。さすがに経験豊富な方だけある。一気に階段を駆け上った俺と違って、後方支援担当だったシード様の出世はけして早くなかったはずだ。一つ一つ階段を登っていかれた方だろうから、その分、多くの経験を積んでおられる。当然部下の育成もされたことがあられたはずだから、教えることに慣れておられるのだろう。

「あの…」
「ん?」
「今日は俺が奢りますので、またご一緒してもらえますか?俺が覚えるまででいいので、何度か一緒に食事して貰えましたら嬉しいんですが…」

図々しいだろうかと思いつつ、恐る恐る問うと、シード様はあっさり頷いてくださった。

「お前もいきなり副将軍じゃ、慣れる暇も覚える暇もなかっただろうしな。だがこの調子じゃ王城での宴参加も時間の問題だろ。最高ランクの場も出席することになるだろうし、王族の方々を前にマナーを知りませんじゃ話にならねえしよ」

スピード出世の俺の境遇を妬むどころか同情気味らしい。
こっちは高いコース料理を奢ってもらえるのだから反対する理由はないと仰ってくださった。ありがたいな。

「じゃ、空いた日があったら連絡しろよ。店はこっちで選ばせてもらうがいいか?」

はい、そっちがありがたいです。俺は詳しくないんで。

「だろうと思った。じゃあまたな」

はい。ありがとうございます。