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◆青竜の使い手(9)


ラーディンは落ち込んでいた。

(何の役にも立てなかったな…)

スティールの真横に立っていたというのに彼が戦うのをただ黙ってみていることしかできなかった。自分より小柄な体が大技を振るう様子に眺めていることしかできなかったのだ。
彼と共に生きる決意をした。
彼と共に彼を守り、同じ道を歩んでいくつもりだった。なのに現実は何もできなかったのだ。

(あのときもそうだったな…)

初陣のとき、ラーディンは姫を守りながら、実質、何もしなかった。
戦ったのはスティールのみ。スティールが一人で炎を放つ様子を離れた場所で身を守りつつ眺めていただけだったのだ。

(何をやってんだ、俺……)

初陣から何ヶ月経っているのか。すでに半年近く経っている。
あの日から自分は何をやっているのだろう。あのときも守られたままで、今回もまた守られた。全く同じだ。自分は少しも成長していないではないか。

(スティールはあんな大技使えるようになっているのに)

合成技は本来複数人で行う技だ。
タイミングを合わせて行わなければならず、調整も難しいので熟練者同士しかできないと聞いている。当然ながら印が大きくなればなるほど、調整が難しく困難になる。異種印の組み合わせなら尚更だ。

(すっかり置いていかれちまってる…)

延々と落ち込みそうな思考の縁に立つラーディンを引き留めたのはスティールの声であった。

「ラーディン、ただいま」

『ただいま』という声にラーディンは少し驚いて振り返った。

「ただいまって……ここは戦場だぜ、スティール」

思わずラーディンがそう返すとスティールは怪訝そうに首をかしげた。

「あ、そうか。けど俺が帰るところってラーディンのところだなって気がするからさ、つい、出ちゃったよ」

いつも隣にいるからさ、と照れたように笑うスティールの態度は自然でいつもどおりのもので、ラーディンはゆっくりと肩に入った力を抜いた。

「…また、助けられちまったな」
「またって何?」
「いつも戦場じゃお前に助けられてるよ」

俺は何もできねえと苦笑するラーディンにスティールは無言で視線を向けた。

「いつもいつも俺はただ生き延びてるだけだ。いつもお前一人が戦って俺は助けられている。俺、全然お前の役に立ててねえな。こんなんでお前と同じ道を歩むなんて言えるのか、正直自信がねえよ。あの人ならそんなことねえんだろうけれど」

普段はけして零さぬ弱音がボロボロと零れ落ちる。止めないとと思うのに止めることができなかった。こんな弱音を吐いてどうするというのか、スティールが困るだけだ。スティールだって戦い後で疲れているはずだ。そう思うのに言葉は零れ出ていた。

「あの人?」
「フェルナン様だよ」

初陣後からずっとスティールが気にかけていた相手。今、スティールの関心の殆どを奪っている相手だ。
男らしく、それでいて綺麗な容貌。地位も実力もある完璧な人物。男なら一度はこうなりたいと思えるような理想を体現したような人。
嫉妬で心が痛かった。けれど今の自分の状態では何も言う資格がないように思えた。

「あぁフェルナン様ね。俺あの人苦手なんだよね」
「は!?」

思いもかけない言葉にラーディンは驚いた。

「…苦手…?」
「うん」

スティールは珍しくも困ったような困惑したような、そんな表情をしていた。

「すごく難しい人なんだ。年齢差とか経験の差とかいろいろ理由はあるんだろうけれど、もうさっぱり判らない。けど避けてばかりじゃ距離が縮まらないから俺なりにいろいろ調べてるんだけれど、まだまだ全然駄目なんだ。この間も食事に誘ったら『バーベキューなんて野蛮な食事は嫌だ』って断られた。戦場じゃ干し肉を平気で囓ってたんだけど」
「あの人、干し肉囓るのか…」

戦場では携帯食が中心だ。当たり前のことなのにフェルナンが囓っていたと言われると違和感を覚える。

「うん。そのこと指摘したら、『戦場で食べる物に苦情を言うわけがないだろう。死体の前でも生肉を食えるさ』って言われた。死体の前で生肉だよ?それで何故『バーベキューは野蛮』になるのかな?ねえ、どう思う?」
「さ、さぁ…確かに何で駄目なのか、わかんねえな」
「そうだろ!?」

本当にわかんないんだとスティール。

「まぁいいや。まだあの人と出会って一年も経ってないんだ。ゆっくり行くよ。いきなり最初から全部判ってますってことはあり得ないしさ」
「ああ」
「ラーディンもさ。何で俺の役に立たなきゃいけないのさ。戦場じゃ力を合わせて戦うものじゃないか。新米のうちは役に立たなくて当然だ。先輩や隊長たちだって『新人は生き残ることが仕事』、『身を守ることだけを考えろ』って言ってたじゃないか。
今回、俺にはドゥルーガがいた。ただそれだけだよ」
「けど俺は…」
「ラーディンは俺を戦場において逃げるのかい?」
「はあ!?そんなことするか!!」

そうだろう?とスティールは笑った。

「今回は俺がラーディンを守れた。けど次は判らない。だから次に俺がやばくなったらラーディンが俺を守ってよ。そうやってお互いに助け合おうよ。お互い、新米なんだからさ」

お互いに、と言われて心の凝りがスッと解けていくのをラーディンは感じた。
確かにその通りだ。何を焦っていたのだろう。

「確かにフェルナン様は強いかもしれない。けれど俺たちより十年近い経験があるから当たり前だ。フェルナンだって最初から強かったはずがないよ。
ねえ、ラーディン。俺もまだまだなんだよ。本当にドゥルーガのおかげなんだ。だから一緒に歩いていこうよ」
「あぁ…」

全く持ってその通りだ。経験が全然違うフェルナンと己を比べることが間違っているのだ。一体何を焦っていたのだろう。そう思いながらラーディンは苦笑した。
またスティールに助けられた。
いつも大切なところでスティールはラーディンの心を助けてくれる。
そう思ったところでふと、思い出したことがあった。

「あのさ、スティール」
「ん?」
「お前、歓楽街に…」
「え?あぁ見たの?」
「見たっつーか、ルーガに聞いた」

あっさり肯定され、やはり本当だったのかとラーディンは少し落ち込んだ。

「何で行くんだ?やっぱ女がいいのか?」

そうだと肯定されたらどうしようと思いつつ問うとスティールは目を丸くした。

「何で女性?確かに女性を選んだこともあるけど、大抵は男だよ。俺、初めての相手が歓楽街の人なんだ。だから今でもたまに行く」

スティールはあっさり答えた。
そうあっさり言われるとただそれだけのことのような気がして、ラーディンは戸惑った。
スティールはラーディンの戸惑いに気づいたのか気づいていないのか、話し続ける。

「誰にも話しちゃいけないけど、吐き出したいことってないかな?さっきフェルナンさまのことを話したけどさ、プライベートな面が強いことって、ラーディンやカイザードには話せないんだ。話しちゃいけないとも思うし。どうにもならないようなイライラが溜まったときに俺は歓楽街へ行く。夜の街の人は優しくてね。偽りの優しさかもしれないけれどその偽物の愛が俺にはすごく心地良い。軽くて偽りだと判ってるから気が楽なのかもしれない」
「……そんなにストレスが溜まってるのにフェルナン様と付き合い続けるのか?」
「いや、別にフェルナンのことだけが原因ってわけじゃないんだけど…。フェルナンとは付き合い続けるよ。異種印だけど俺の人だし、あの人にも俺だけだ。とっくに覚悟は決めてる。覚悟がなきゃ助けに行かない」
「そうだったな…お前、一人で助けに行ったんだってな。確実に死んだはずだったんだぜ、本当は」
「そうだね、カイザードにもそう言われて殴られたよ」

スティールはラーディンをまっすぐ見つめ返した。

「けど捕らえられたのがカイザードでもラーディンでも、俺は助けに行ったよ。ラーディン達がそう望まなくてもね。フェルナンは何故助けたと怒ったけれど何度でも俺は助けるんだ」

フェルナンと何らかのやりとりがあったのだろう。そう告げるスティールの表情は珍しく硬かった。
本当にフェルナンとは合わないのだろう。フェルナンのことを語るスティールは悩みや困惑がかいま見える。それでも付き合い続けるとスティールは言い切る。その強さを羨ましいとラーディンは思った。

「スティール……俺はお前の助けになれるか?」

ラーディンが問うとスティールは少し目を丸くし、そして笑った。

「側にいてよ。ずっとそうやってきたじゃないか。それが一番の助けだよ、ラーディン」