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◆青竜の使い手(8)


一方、ガルバドス側の本陣。
ゼスタは直に地面に座り、レンディと向き合っていた。

「まぁこのぐらいか?」

ゼスタの問いに立ったままのレンディは頷いた。

「そうだね」

ゼスタとレンディの役目は目くらましだ。
大国同士の戦い、それも名の知られた将であるレンディを投入して、他国の目を引きつけておくのが役目なのだ。
今頃、別の軍が南方の国サウザプトンへ侵攻していることだろう。
今回の本命はそっちの戦いなのだ。

「ナクリーとサザンが捕らわれた」

レンディの報告にゼスタは軽く眉を上げた。

「サザンはともかくナクリーか」
「彼女はアニータからの預かりものだ。確実に取り返す必要がある。捕虜交換に応じるよ」
「結構な数の大隊長を捕らえることが出来たから、処刑できれば戦力を低下させることができただろうに残念だな。やはりシグルドとアグレスを連れてくるべきだったのではないか?」

シグルドとアグレスは個人技に優れた将だ。次に黒将軍位が空けば彼等が就くだろうと言われている。
もっとも当人たちがレンディから離れようとしないだろうが。

「あいつらばかり、強くなってもね」
「まぁそうだな。全体的な戦力の底上げも必要か」
「それに今回は不運だった。シグルドたちでも怪しかっただろう。相手が紫竜だった」
「何?」
「紫竜ドゥルーガに会ったんだ。使い手はまだ若かったな。あれは恐らく20歳前後だろう。ディンガによると紫竜は好戦的じゃないが使い手に対する思い入れが大きいらしい。三代続けて同じ血筋の使い手を選んだこともあるそうだ」
「それは聞いたことがある。炎の槌と呼ばれる天才鍛冶師の逸話だろう?なるほど……そういう事情であれば下手に手出しせぬほうがよさそうだな。幾らディンガがこちら側にいるとはいえ、七竜の怒りは買いたくない。国ごと滅ぼされても困る」

しかし隣国にいたとはなとゼスタ。
ディンガは無言だ。今は武具の形状である鎖となり、レンディの体に絡みついたまま黙り込んでいる。
ゼスタの判断は正しいとレンディは思った。ディンガは…というより七竜は皆そうらしいが、基本的に使い手以外の人間に興味がない。つまり使い手を害されれば激怒するが、国を害されても何とも思わないのだ。
七竜たちによれば、国は生まれては滅びるものだという考え方らしい。さすがに寿命が桁違いの七竜たちの台詞だけある。そもそも彼等に寿命があるのか疑問ではあるが。
ディンガは紫竜に会った後、面倒だからヤツに手出しはするな、とレンディに告げた。

『ヤツは使い手を大切にする。俺たちは皆そうだが、ドゥルーガは特にその傾向が強い。使い手を選ぶ基準が俺たちよりうるさいヤツでな、その分、執着が強いんだ』

更にディンガは付け加えた。

『ドゥルーガは他の連中と仲がいい。ヤツと揉めたら他の連中まで出てくる可能性がある。下手したら面倒事になるぞ』

それは他の七竜のことかと問うと、そうだとディンガは頷いた。

『あいつは恐らく俺たちの中で一番顔が広いヤツだ。あいつは質の良い品を作るやつだから、皆が定期的に連絡を取ろうとする。鍛冶を好むヤツだから、あいつが援護した国には強力な武具が生まれる。だから下手に刺激をしない方がいい。……現在パスペルト国の北方領土になっているところにヘルムという国があった。知っているか?中央諸国の一つだ』
『いや、知らない』
『使い手を害されたヤツが激怒し、結果的に滅ぼした。ドゥルーガ自身はそう好戦的でもパワーがあるわけでもない。だがヤツが動けば、他も動くことがある。ヘルムの件も同様だった。複数の同族が動いた』

複数の竜たちで国を滅ぼしたという話にはさすがにレンディも驚いた。

『いいな、ドゥルーガには関わるな。放っておけば大した問題じゃないだろう。元々鍛冶以外には関心がないヤツだからな。下手に突いておかしなものを出すこともない』
『わかった。けど向こうが仕掛けてきたら応えるよ?』
『俺はかかわらねえからな』

好戦的なディンガにしては珍しく、嫌そうな様子だった。よほどその紫竜を相手にしたくないのだろう。珍しいことだと思いつつもレンディ自身、他の七竜の使い手とやりあいたいわけではない。さすがに手出ししていいものと悪いものの区別ぐらいはつくのだ。

(まぁ不運と言えば不運ではあるが…)

しかし紫竜の使い手を殺すような結果にならず、むしろ幸運であったのかもしれない。
なにしろディンガが関わらないと念を押してきた以上、ディンガの助力が見込めないことは判っている。
さすがにヘルム国の二の舞のような結果になるのはごめんだ。

(今後、ウェリスタとやり合うときは気をつけないといけないな)

そう思うレンディであった。