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◆青竜の使い手(10)


ウェリスタとの戦いを終え、王都へ戻ったレンディは思いもかけぬ報告を聞いて驚いた。

「サウザプトンに敗北した?何の冗談だい?」

サウザプトンはガルバドスに比べれば遙かに小さな国だ。敗北する要素など何もないように思えただけに思いもかけぬ結果だった。
三階級の将軍位にあるものだけが入ることができる軍の総本部へ行くと、既に本会議室には他の黒将軍が揃っていた。

「お帰り、レンディ。ナクリーが迷惑をかけたね」
「アニータ。サウザプトンに敗北したと聞いたが」
「ああ、事実だよ」

アニータは同僚たちを振り返った。
アニータの向かいに立つスターリングが口を開いた。

「黒将軍二名、青将軍五名が死んだ。軍は半壊程度だが、死亡率は3割だ。兵の死者数より幹部の死が大きい」
「ブートとホルグが死んだか…原因は?」

ガルバドスの最高位に立つ者ほどの男が二人も死んだのだ。ただの戦死ではないだろう。そう思って問うとアニータが口を開いた。

「その前にこっちも聞きたい。紫竜に会ったと聞いたが、本当かい?」
「あぁ間違いない。ディンガが断言したし、私もこの目で見たよ」
「そうか。どういう奇遇だろうね。ブートとホルグは紅竜の使い手に殺されたのさ」

さすがにレンディは驚いた。

「紅竜はシャム国にいたんじゃなかったか?」
「それがいつの間にか使い手が変わっていたらしい。さすがは七竜中最大の攻撃力を誇る竜と言われるだけある。ただの一撃で勝敗が決したそうだ」

レンディはちらりと壁際にもたれるように立つ男を見た。
レンディの視線に気づいたのだろう。茶色の髪を持つ、痩せた男は首を横に振った。

「話にならないよ。策などあるはずがない。閃光が光ったかと思った瞬間、最前線の将たちがまとめてやられたらしい。君のように七竜の使い手なら判らないけれどね、それほどのスピードと破壊力に対応するすべなど思いつかない」
「ノースの言うとおりだ。ブートとホルグを一撃で倒した輩に対し、まともに戦っていたら馬鹿を見る。とっとと逃げるに限るね」
黒将軍唯一の貴族出身であるギルフォードが嫌そうに言い、ため息を吐くと、同感だという声が他の面々から漏れた。
ガルバドス最高位に立つメンバーだ。それぞれに大きな戦功をたてて登り詰めてきた猛者揃いであり、臆病者など一人もいない。しかし彼等は命知らずでも愚かでもないのだ。状況判断に長けた彼等は戦ってはならない相手がいるということを知っている。

「次の黒は誰が羽織る?」

最高位の黒きコートを羽織る者が二人欠けた。
黒将軍は黒将軍によって選ばれる。

視線を向けられたレンディは首を横に振った。

「シグルドとアグレスは無理だ」

何しろ獣と人形だ、とレンディは心の中で呟いた。
獣は獣でも、牙をもがれた従順な飼い犬ではない。野に放って良い獣ではないのだ。
あれは野放しにすれば気にくわない者は誰であろうと食い殺しかけない獣だ。当人も自覚している。だから望んで捕らわれているのだ。
飼われるのを好む獣と愛されるのを好む人形。実績はあってもどちらも人の上に立てるような器ではない。

「戦功では彼等がトップだぞ」
「他にも条件を満たしている者はいるだろう?」

レンディが問うとノースが嫌そうな顔をし、他のメンバーは思案顔になった。
黒将軍はそれぞれ気に入りの青将軍を持っている。戦場に連れて行くのは気に入りの相手が中心となるため、当然ながら黒将軍に立てるだけの戦功を持っているのはその者たちだ。
気に入りの者が黒将軍になれば、派閥めいたものを作れることになるが、今のところ、そういった傾向はない。戦いが多いため、死亡率が高いのだ。派閥を作る前に死んでしまうことが多い。

「ノース」

レンディに名を呼ばれたノースはため息を吐いた。
この中でもっとも痩せていて小柄なノースはレンディに見出された将軍の一人で、ガルバドス一の知将だ。
彼は平均以下の戦闘能力しかないが、抜群の記憶力と頭の回転の早さを誇る。
レンディに見出された彼は青将軍たちを手足に使い、誰もが認める実績を立てて、黒将軍になった。
彼はその頭脳を生かすための側近を持っている。己の作戦を実行してくれる青将軍を手放したくないのだろう。非常に嫌そうな顔でしぶしぶ口を開いた。

「判った。だが一人だけだ。レンディだってあの二人を手放さないんだからいいだろう?」
「よかろう。それじゃダンケッドを」
「…………判った」

別の相手を差し出したかったのだろう。先手を打たれ、ノースは渋々頷いた。
ノースは知将だけあり、部下の育て方も上手く、側近の層も厚い。その中でもっとも実績を持つのがダンケッドとカークだ。彼等は知将ノースの側近中の側近と言われている。

そこでスターリングが口を開いた。

「後一人はどうする?」

ギルフォードが思案顔になり、思いついたかのように口を開いた。

「アスターはどうだ?」
「アスター?あぁホルグの側近の……ふむ。別に異論はない」
「じゃあ彼でいいんじゃないか?」
「そうだな、他にめぼしいヤツもいない」

確認するようにスターリングが視線を向けたが、他の将軍たちからも反論はでなかった。
実績で抜き出ているのはノースの側近とレンディの側近なのだ。
それ以外となると似たり寄ったりとなる。
そして実力がなければ死ぬ。ただそれだけの世界だ。ダンケッドとアスターが今後生き残れるかは彼等次第なのだ。

会議が終了し、ノースは壁にもたれていた体をゆっくり起こすと、レンディを不快そうに見て出ていった。
ノースはレンディに感謝どころか不快感を持っているらしい。そこをレンディは面白く思う。愛され、執着されることが多い中で、レンディが気に入ってもそれに応えなかったのはノースだけだ。

(相変わらず面白いヤツだな…)

ノースに与えられる仕事はいつも難解なものばかり。しかしいつもノースはそれらの仕事を予想以上の結果で持ち帰ってくる。ノースが知将の名を不動のものにしている所以だ。
当人は自分ばかり不公平だと愚痴っているが、それだけの能力を持っているからこそ、それらの仕事が回されているのだ。

(しかし紅竜か…会ってみたいものだな)

紫竜の使い手はごく普通の若い青年だった。
しかし赤と青の将軍二人を一撃で倒していた。
紅竜の使い手はそれを上回る攻撃力を見せたという。

『君は血が見せる夢に酔っているようだ』

かつてノースが言った言葉が思い出される。
その通りかもしれない。戦いへの期待はいつもレンディを高揚させるのだ。
戦いを好む青竜と気が合う所以かもしれない。

レンディは戦いの期待に胸を躍らせながら帰路へ着いた。


<END>


青竜vs紫竜という対決話ではなく、スティールとラーディンの成長話です。