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◆青竜の使い手(3)


一方、ウェリスタ国。
グラスラード国へ王女を送り届ける任務から帰ったラーディンはスティールの状態が気がかりだった。
フェルナンを身一つで助けに行ったことも驚いたが、当のフェルナンによって懲罰房へ放り込まれたことも驚いた。
結果的にフェルナンの上官であるニルオスによって釈放されたが、ようやく会えたスティールは酷く落ち込んでおり、ろくに話も出来なかった。

(大体何故スティールが懲罰房に放り込まれなくちゃいけないんだ!!)

スティールはフェルナンを助けたのだ。そのための命令違反であり、そのための行動だったのだ。にも関わらず、感謝されるどころか懲罰房とは間違っているとラーディンは思う。

(けどスティールも理解できねえ…)

無事戻ってこれたからよかったものの、たった一人で敵部隊を壊滅させるなど通常では不可能だ。しかも新兵なのだ。生きて帰れる公算などなかったに違いない。それはスティールがフェルナンのためにラーディンたちを放り出したということになる。
たとえフェルナンを救うためとはいえ、スティールが命を投げだそうとしたのは確かだ。

(俺は…?俺のことを思い出しもしなかったのか?)

同級生として友人として学生時代からずっと一緒にいる相手。
運命の相手として、これからもずっと共に生きる決意をした相手。
今まで彼の考えが見えないことはなかった。スティールの一番側にいるという自負があっった。
けれど初めてスティールが判らないとラーディンは思った。

『ごめん、今は何も話したくない』

話し合おうと決意し、話しかけようとしたら先手を打たれてしまった。
酷く憔悴している様子を見ては、無理に話すこともできなかった。
スティールはフェルナンの元へ見舞いへ行ったりして彼のことを気にかけているようだ。

(しょうがねえか…)

スティールなりに考えることがあるのだろう。
そして彼には彼だけの時間も必要だろう。一人でいたいということが彼の望みならば叶えてやることも必要だと思う。互いを尊重し合うことは長く付き合っていく上で大切なことだ。
本当は初陣の興奮を語り合いたかった。
共に生死の境を駆け抜けたことを話して、思いを共有したかった。
けれどスティールには拒まれた。スティールが思い出したくないのであれば仕方がない。無理強いするわけにもいかないだろう。


++++++


数日後、ラーディンは食堂でティアンたちと食事を取っていた。
スティールは外回りの勤務で不在だった。

(そろそろ話せるかな)

そう思っていた矢先に向かいに座っていた元クラスメートのルーガが話し出した。

「この間、歓楽街でスティールを見たぜ。誘いかけてくる女のあしらいも慣れた様子で店に入って行ってたな。絶対常連だな、ありゃ。ああ見えて、やることやってるっつーか。フェルナン様をお助けしたことといい、本当にあいつ意外性の固まりだよなー」

焦った様子でティアンがこちらを伺うように見てくるのを感じつつ、ラーディンは心の奥底がスッと冷めていくのを感じた。
感じたのは怒りではなく、喉に氷が落ちていくような、冷たい感覚だった。

「大体、あいつ、カイザード先輩とも…」
「ルーガ!」
「痛っ!!」
「食事は美味しく、静かにとろうねぇ」
「……はい……」

ティアンが何かしたのだろう。ルーガが黙り込む。
ティアンは無言で食事を再開した。ラーディンとスティールの関係を知りながら、何も話しかけてこないところが彼なりの気遣いなのだろう。

(歓楽街……)

王都には幾つか歓楽街がある。大きなものは東と西に位置している。
スティールがそこへ行った理由は聞くまでもなく明らかだろう。それ以外の理由で行くことがあろうとは思えない。それに常連のようだったというのであれば、以前から出入りしているのだろう。
隠されていたこともショックだが、それ以上に何故行っているのかが判らない。スティールにはラーディンだけでなく、カイザードもいるのだ。

(俺や先輩じゃ不満なのかよ…)

男が嫌だというのであれば仕方ないと思う。けれどそういったことは一度も聞いたことがない。

(聞いてみるか?)

自問してみるが答えは否だった。
もし肯定されたらどうしようもない。生まれ持った性別を変えれるわけがないのだ。

(なぁスティール、何故なんだよ…)

答えのでない迷路に迷い込んだような、そんな気がした。