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◆青竜の使い手(2)


自身も絶大な攻撃力を誇り、麾下にも攻撃に長けた青将軍たちを持つレンディは、攻撃力ではガルバドス随一を誇る存在だ。
国王に勅命を受けたレンディはウェリスタ国へ侵攻することになった。
同行者は同じ黒将軍のゼスタだ。身長2mを超える大男のゼスタは屈強な体と大きな破壊力を持つ攻撃を得意とするが、性格は堅実な慎重派だ。自己顕示欲が強い同僚が多い中で珍しいタイプとも言える。しかし、作戦に割り込んできたり、無茶な突撃をしたりしないので、同行者としてはやりやすい。
命令を受け損ねた同じく黒将軍のアニータとスターリングはつまらなそうな顔をしている。血気盛んな個性派が多いガルバドス将軍陣は戦いが大好きな面々ばかりなのだ。

アニータは30代。豊満な体を持つ赤い巻き毛を持つ美女だ。完全な印術使いでガルバドス国トップの八将軍の中では唯一の女性だ。

スターリングは二十代後半。鋭利な美貌を持つ美青年だ。堅実に武勲を重ねて出世した正統派な軍人だが、ガルバドスでは珍しいタイプとも言える。個性の強い軍人が高位に名を連ねるガルバドスでは正統派の方が珍しいのだ。

「レンディ、うちの子を連れて行ってくれないかい?」
「だれ?」
「ナクリーさ。もう少し実戦を積ませてあげたいんだよ」

アニータの依頼にレンディは思案顔になった。

ガルバドスでは基本的に八将軍直属の部下が存在しない。
トップに立つ黒の八将軍は麾下に一万兵を持つが、正しくは『一度に一万人までなら連れていっていい』のだ。
実際に兵を持つのは青将軍と赤将軍。
青将軍はそれぞれ千人から三千人ほどの部下を持ち、赤将軍は数百人前後の部下を持つ。
しかし実際に出撃命令を出せるのは黒将軍のみ。
そして黒将軍はすべての青、赤将軍の指名権を持つ。
国王から命令を受けた後、黒将軍がどの青将軍、赤将軍を連れて行くかを決めることになる。
赤将軍は青将軍の誰かについているが、黒将軍は青将軍を指名せず、直接、赤を指名することもできる。黒将軍の命令の方が上なのだ。
むろん、暗黙の了解というものがあって、たとえばシグルドとアグレスはレンディ直属に等しい存在だ。同じくアニータ気に入りの女将軍リダとビアンカを指名するのはアニータ以外にいない。

「そうだな、たまにはいいか。ナクリーを連れていこう」
「それじゃうちの者も連れていってくれ」

スターリングまで口を挟んできた。

「珍しいな、お前ら」

隣で話を聞いていたゼスタが驚きの表情になる。
全くだとレンディは頷いた。

連れていくのは構わない。八将軍は青、赤の将軍たちであれば誰でも指名権があるからだ。
しかし『暗黙の了解』があり、他の将軍のお気に入りの部下は指名しないのが普通だ。
それを将軍たち自ら連れていってくれというのは滅多にない。

「前回の戦いでカミールを連れていってやれなくてな」
「そんな理由か…」
「重要だ。もう一年半ほど実戦を経験していない。そろそろ経験させてやらねば勘が鈍る恐れがある」

納得のいく理由にレンディは頷いた。
シグルドとアグレスは豊富に戦いを積んでいる。たまには休ませてもいいかもしれないとレンディは思った。使い慣れない部下を連れて行くというのは少々やりづらくはあるが、自分としても経験しておくべきだろう。

「いいだろう」

+++++

レンディが持つ王都の屋敷は王家から下賜されたものだ。
屋敷の中でどれほど騒ごうが声がしようが、広大な庭のおかげで外まで声が漏れることはない。
シグルドやアグレスは普段、レンディの屋敷で暮らしている。本当は国から与えられた部屋があるのだが、レンディの屋敷に入り浸っているため、殆ど部屋には戻っていない状態である。
そんな彼等は出陣の報に喜んだものの、自分たちが同行できないと知って驚いた。

「何でだっ!?奴等より俺らのほうが絶対役に立つっ!!」
「そうだな。だからお前らじゃないんだ」
「レンディ!!」
「黙れ。どうしてもというのならゼスタに頼んでやってもいいよ。だが俺はカミールとナクリーを連れていく」

シグルドはグッと黙り込んだ。
気の強いシグルドは誇り高く、レンディ以外の命令を聞くことを酷く嫌う。レンディの命令で誰かに抱かれる方が、戦場で他人の命令を聞くよりもマシだと言うほどだ。
アグレスもレンディに同行できないと知り、残念そうな表情を見せたものの、シグルドほど激しい反応は見せなかった。しかし不満は不満らしく、物言いたげな表情でレンディを見つめている。

「…ナクリーは赤だろう?」
「そうだ」
「青は誰を連れて行くんだ?」
「アッシュとサザンだ」

黒将軍は八名しかいないが、青将軍は50名近くいる。赤将軍に至っては300名前後だ。
しかし大国ガルバドスで10万人近い兵の頂点に立つのがそれだけなのだからほんの一握りの逸材揃いということに間違いはない。
黒将軍に気に入られて指名を受けなければ戦場には出れないため、青、赤の将軍たちは競って黒将軍に気に入られようとする。
いかに黒将軍たちの寵愛を受けるかが出世に繋がるのだ。

「あいつらっ……食い殺してやる!!!」

歯ぎしりし、露骨な嫉妬を見せるシグルドを面白く思いつつ、レンディは釘を刺した。

「シグルド」

制止しておかねば軍規違反をものともせずに実行しかねない荒々しさがシグルドにはある。シグルドがレンディ以外に御することができないと言われる所以である。

「部屋にいろ」
「レンディ!!」
「何度も言わせるな」

部屋にいろとは自室で謹慎していろという意味に等しい。
シグルドは悔しげな表情を見せ、派手な足音を立てながら部屋を出て行った。
その後を無言でアグレスが追っていく。一応ちらりとレンディに視線で許可をえて部屋を出て行ったが、視線には無言の批判に満ちていた。無口なアグレスだが彼も感情がないわけではない。他の将を指名すれば嫉妬を見せるし、不快そうな顔をする。

室内に低く籠もったような声が響いた。青竜ディンガだ。

「アッシュとサザンか。お前も面白い選択をする」
「そうかい?」
「シグルドとアグレスを連れていかないのであれば、その穴埋めをする必要がある。アッシュとサザンはどのぐらいの兵力を持っているんだ?」

青将軍の兵力の上限は三千だ。レンディの寵愛を受けるシグルドとアグレスはそれぞれ三千兵ぎりぎりまで部下を持っている。
しかしそれだけの兵力を持っている青将軍は一握りだ。黒将軍たちの右腕と言われるほどの青将軍しか持っていない。殆どの青将軍は千から二千の間の兵力しか持っていないのだ。

「さぁ…千名ぎりぎりか…持っていても千五百…ぐらいじゃないかな」

アッシュとサザンは前八将軍のサンデの寵愛を受けていた将だ。
サンデが戦死し、戦いに出る機会を失ってしまった者達だ。
彼等はサンデを殺したウェリスタ国の将に恨みを持っている。ウェリスタとの戦いは将軍の仇を取る良い機会だ。張り切ってくれるに違いない。

「ディ・オンは出てくるのか?」

サンデを倒したのはディ・オン。当時は一隊長だったが、現在はウェリスタ国近衛第四軍の将になっている。

「さぁ…どうだろうね」

まだ戦力は足りない。他の青将軍も選ぶ必要があるだろう。
レンディは脳裏に青将軍たちの顔を思い浮かべながら選別を始めた。