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◆聖ガルヴァナの声(7)


一方、一足先に町へ戻ったスティールは待ちかまえていた父から町長の家へ行くようにと告げられた。ふたたび万が一のことがあってはいけないと、女子供たちは全員町長の家へ集められているらしい。
急ぎ、町長の家に向かうと女子供の他、彼女らを守るために男たちも数人集まっていた。聞けば他の男たちは犯人を捕まえるために何人かのグループに分かれて、町を回っているという。
スティールは残っていた男たちと一緒に町長の建物を取り囲みながら、近くの男に問うた。

「犯人は見当がついてるの?」

スティールの問いに木箱に座っていた初老の男は頷いた。

「ああ。恐らくサオラーだって話だ」

サオラーは大工を営む中年の男だ。

「何でまた…。サオラーさんはクルルおばさんと何の関係もないじゃないか」
「ヤツは、足を悪くして、仕事が上手くできなくなってから、酒に溺れるようになっちまっててなぁ。貯金も底を尽きて、人にあたるようになっていたんだ」

妻も一向に態度が直らぬサオラーを見限って三つ先の町にある実家へ帰ってしまったのだという。

「そうか…」

そこへ女性の悲鳴が聞こえた。
慌てて駆け出すと、追ってくる男から必死な様子で逃げる若い女性がいた。遅れて町長の家へ来ようとしていたらしい。

「こっちだ!!」

スティールは叫びながら捕まりかけている女性を助けるため、炎球を放った。
威嚇のようなものだったが、間近に飛んできた炎球に驚いた男は怯んだ様子で女性へ伸ばした手を放す。
スティールは走りながら再度炎を放った。その間に女性は必死に走って距離を稼ぎ、スティールは女性を庇うように男との間に割って入った。
怒った様子でスティールへ飛びかかってこようとした男の手には輝く斧がある。
スティールは土の印を放ち、地の防御陣へ閉じこめた。
本来は己の身を守るために使うものだが、敵の動きを封じる方にも使用できるのだ。
そこへ他の男達も駆け寄ってくる。

「スティール、大丈夫か!?」
「捕まえたのか、よくやった!!」
「おーい、誰か。ロープを持ってこい。捕まえたぞー」

クルルのことは残念だったが、他に犠牲者はでなかったらしい。スティールはホッと安堵した。


+++


一方、ウィダーはラジクたちと共にクルルの家に来ていた。

いきなりのことで殺害現場の処理もできないままだったらしい。遺体には簡単に布団をかぶせたままの状態だった。床には血が飛び散っている。
日が落ちかけた室内はうす暗い。

(気味が悪いな…あ、死霊がいる……)

その死霊は中年の女性だった。ごく普通の主婦のような女性で、まるで家事をしているかのように室内を動き回っている。手には何も持っていないが、当人は家事をしているつもりなのだろう。そんな動きだ。

「彼女がチルルだ」

ウィダーの視線に気づいたのか、ラジクがそう答えた。
サフィールとフィールードには見えないらしい。いるのか、とフィールードが呟いた。
そこへ足音が聞こえてきた。フィールードが部屋を出て行く。そしてすぐに戻ってきた。

「犯人が捕まったらしい。サオラーさんだったそうだ」
「あの酔っぱらいめ。だから酒を止めろと言ったのに。二日酔いの薬を踏み倒しやがって」

個人的恨みのようなことをサフィールが呟く。
そこへラジクが下げている鞄から鈴を取り出した。そして何枚かの葉を取り出し、小皿へ乗せる。

「時間がない。チルルはクルルと一緒に逝かせないと逝けなくなる。あまり待てないぞ」

そう告げたラジクに部屋へ入ってこようとしていた女達が顔を見合わせた。

「クルルさんと仲がよかったミーヤさんを連れてこなきゃ」
「サネトさんも」
「急がなきゃ。アタシ、林檎持ってくるわ。クルルさんたちが好きだったものね」
「じゃ私は果実酒を」

バタバタと人が出ていき、フィールードとサフィールも準備をしてくると言って出ていった。ウィダーはラジクと一緒に残された。

(結局、俺は何をすりゃいいんだ?葬式のやり方を覚えればいいのか…?)

そこへまた人がやってきた。今度はスティールだった。

「あ、ウィダー。みんなは?」
「準備するとか、人呼んでくるとか言って出ていった。あまり時間がねえってこいつが言うから、みんな慌てて…」
「あぁそうか。そうだろうね。チルルおばさんが迷っているのなら、クルルさんの死は逝かせるチャンスだもんね。残念な結果だけど」
「なぁ…わけがわかんねえんだけど…」
「あ、そっか。あのね、ラジクは死人使いなんだ」
「その死人使いって何なんだよ。葬式屋のことか?」
「うーん、似てるけど違う。死人使いは死者が出たときの儀式と供養を取り計らうんだ。普段は清めに使う水と鎮魂のための草を守るために万年樹で暮らしているけど、最近は死人使いが少ないから、近隣の町や村に出向くこともあるみたいだ」
「……それで?」
「死人使いは死者を視て、死者の言葉を遺族に伝えなければならない。だから闇の印の使い手にしかなれない職業だ。亡き者たちの言葉は死人使いから遺族達に伝わり、遺族達の涙で、死した者たちの魂は昇華され、天へ還っていく。それを聖ガルヴァナの声という。神々の代理人と呼ばれる死人使いは遺族の想いと死した者の想いを仲介する尊敬される職業だ」

闇の印を持つというだけで嫌われていたウィダーは驚いた。

「死人使いは闇の印を持つ者しかなれない。ゆえに闇の印を失った村は新たな使い手を求める。しかしその技を磨かなければなれないから、通常は死人使いの元で修行する。そうして新たな地へ旅立つ」

そうやって闇の印の使い手は村や町で、魂の言葉を遺族へ、遺族の想いを魂へ伝えていくのだという。

「世界へ還った魂はいつの日か新たな命を経て、再び生まれてくる。そうやって魂は巡っていく。死がなければ生はない。死を汚れと嫌うのは間違いだ。死人使いは死を守りながら、生をも守っている。死人使いは生と死を司る聖ガルヴァナ神の愛し子とも言われている。単純な葬式屋とはわけが違う」
「………」
「神官は強制的に天へ魂を戻すと言われている。それもまた一つの方法なのかもしれないけれど、死者の未練と遺族の想いは浄化されることがないままになる。大きな町になるほど死霊が多いのはそれが理由の一つだそうだ」

スティールはウィダーの手を握った。闇の印がある腕だ。

「何度も言っただろう?君のその手は少しも汚れていないんだよ、ウィダー」