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◆聖ガルヴァナの声(6)


ラジクは村はずれに住んでいるという。
正確にはほぼ山の中なのだそうだ。
ラジクの元へはサフィールもついてきた。迷いやすいのでスティールだけだと不安なのだそうだ。

「なんでこんな山の中に……」

すでに30分ほど山道を歩き続けている。
道も殆ど獣道状態だ。旅の疲れもあり、ウィダーはうんざりだった。

「身を浄化するためって聞いてるよ。山の中は綺麗な緑の空気に満ちている。ラジクの住む場所は万年樹の上に作られていて、緑の清い気に満ちているんだ」
「そのラジクってのは何者なんだよ…」

スティールが答えかけたとき、サフィールが口を開いた。

「いたぞ、ラジクだ」

視線の先に狩人のような服装の青年がいた。年頃はスティールたちと同じ頃か。黒い髪、背はさほど高いようには見えないが、低くもない。手には弓を持っている。

(死霊がいる……)

ラジクの周囲には死霊がいた。スティールたちが近づいていくとその霊たちはラジクに吸い込まれるように消えていった。

(何だ、今のは?)

「ラジク、久しぶりだね」

スティールの挨拶にラジクは答えなかった。まるでスティールたちが存在していないかのように反応がない。振り返りもしなければ体を動かしもしなかった。

(何だこいつ…?)

しかしスティールは気にした様子がない。おばさんの状態がよくないことやウィダーを連れてきたこと、一緒に町へ来てほしいことを告げている。

(こいつ聞いてないんじゃねえか?)

ラジクの無反応ぶりにウィダーがそう思っていると、ようやくそれらしい反応があった。
ゆっくり振り返ったラジクは無表情のまま、長い前髪の間から静かにスティールを見つめた。
さっぱりした顔立ちに真っ直ぐな眼差しを持つラジクは、しばしスティールを見つめた後、ゆっくりとウィダーを見つめた。静かな漆黒の眼差しに見つめられ、ウィダーは少し緊張した。

「この子、キルルだと思うんだけど、ほらおばさんのところのいなくなった子がいたじゃないか」

(これで聞いてんのかよ!?)

もしそうだとしたら、彼はちょっとした変人じゃないかと思いながらウィダーはその眼差しに耐えた。

「…………」
「あれ?違う?」

スティールが戸惑った様子でサフィールと顔を見合わせる。
そのとき、ラジクが眉を寄せ、空を見上げた。

「………魂が飛んだ」
「え?」

ラジクは無言で踵を返した。そのまま奥へと向かっていく。
スティールたちが後を追い始めたので、ウィダーも訳がわからぬまま、後を追った。
鬱蒼と茂る山の中、緩やかな斜面が続いていく。数分ほど歩いただろうか。
山の中に突然庭のような場所が広がり、その奥に巨大な木が見えた。

「あれが万年樹だよ」
「草は出来るだけ踏むなよ、キルル。俺たちの後を歩け。だが真ん中は駄目だ」

スティールとサフィールが教えてくれる。
庭のような場所には先が尖った葉が生えていた。その中に真っ直ぐ三つの道が見える。
スティールとサフィールは一番左の道を通って、万年樹へ向かった。

「何で真ん中は駄目なんだ?」
「神々と死者の道だからと言われている」
「へえ…」

万年樹には縄ばしごがかけられていた。木の下から上の方を見上げたが、幹は微妙に曲がっていて、途中が木々の影になり、上がどうなっているかは見えなかった。

「登らないのか?」
「うーん…登ったことないんだよね」
「万年樹は死人使いの場だからな」
「死人使い!?」

そこへ遠くから名を呼ぶ声が聞こえてきた。

「あれ?誰か来た?」
「あの声はフィールードだな」

双子が顔を見合わせる。
サフィールの予想通り、姿を現したのはフィールードだった。

「おい、大変だ!クルルおばさんが殺されたぞ!!ラジクはいるか!?」

ぎょっとしてサフィールたちは顔を見合わせた。

「誰に!?」
「わからねえ!!今、町は大騒ぎだ。俺は町長にラジクとお前達を連れてくるよう頼まれたんだ。
スティール、お前は先に行け。一応騎士で、仮にも副将軍だから女子供を守ってくれと町長が言ってる。町長の家に皆集まっているから、頼んだぞ」
「一応とか仮にもとか、酷いなぁ…。じゃあ先に行くよ。ウィダーを連れていってもいい?」
「キルルはラジクと一緒に連れていく。今後のためにラジクの仕事を見た方がいいだろう」
「判った。じゃあサフィール、ウィダーを頼んだよ。じゃあね、ウィダー。気をつけるんだよ」
「あ、ああ…」

そのままスティールは去っていき、ウィダーは少々心細く感じた。しかし振り返るとサフィールがいる。スティールと同じ顔をしたサフィールのおかげで全くの他人といるよりは違和感がなかった。
そこへ木の上からラジクが降りてきた。肩から斜めに鞄をかけている。

「ラジク、クルルおばさんが殺されたぞ。すぐ町へ来てくれ」

フィールードが告げるとラジクはゆっくりと頷いた。

「知っている。魂が飛んだ」
「迷わず導けそうか?」

フィールードの問いにラジクは頷いた。

「大丈夫。……新たなる闇の子。覚えておいで。死者の声を聞くのはいい。だが着いていってはいけない。手を取るのは禊ぎを学んでからだ」
「……よくわからねえ……」
「我らは聖ガルヴァナの愛し子。存在の意味を見つめるがいい」

よく判らない。そう思いながらもウィダーは頷いた。