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◆聖ガルヴァナの声(5)


四日目の昼頃、馬車はスティールたちの故郷についた。
そこは山間にある小さな町であった。典型的な田舎町だ。
馬車はスティールたちを下ろすと次の街へ向けて去っていった。

「鶏、売れなかったみてえだが…」
「大丈夫だよ、あの馬車はフォールズの街まで行くから。途中幾つも街があるし、最悪でもフォールズじゃ売れるよ。商業の街だからね」

それにあれぐらいの若鶏は食べ頃のため、売れ筋の商品なのだそうだ。

「田舎ではチップより品で支払う方が多いこともあるんだ。田舎じゃ安くしか売れないけど、都会じゃ高値で売れる。だから御者も喜んで受け取るんだ。ヘタにチップを貰うより儲けることができると知っているからね」

どうせ都会まで行くから大した手間でもないのだそうだ。
そこへ一人の青年がやってきた。明るい茶色の髪と褐色の目を持ち、頭には赤いバンダナを巻いている。快活そうな雰囲気を持つ青年はスティールたちへ笑顔を向けた。

「サフィール、スティール、帰ったか!」
「ただいま」
「あ、フィールード、久しぶり」

スティールはウィダーを振り返った。

「紹介するよ、フィールード。俺の緑の印の相手でウィダーって言うんだ。ウィダー、彼はフィールード。俺たちの幼なじみでサフィールの運命の相手だ」

フィールードは好奇心に輝く瞳でウィダーを見つめるとニッと笑み、大きな男らしい手でウィダーの頭をかき混ぜるように撫でた。

「よろしくな!ハハハハ、なんだ、スティールの相手は超絶美形揃いと聞いていたが、やんちゃなガキじゃねーか」
「ガキで悪かったな!何なんだ、テメエ。離せ!」

フィールードは放す様子がない。それどころか気に入ったのか、首に腕を回したりしてじゃれてくる。そういった扱いに慣れていないウィダーはとても戸惑った。

「放せって!」
「…誰に聞いたんだい、そんなこと?」
「お前の相手ってのは、フェルナン将軍に炎剣のカイザード、千壁のラーディンだろ?酒場にでも行けば、商人や傭兵、冒険者どもの噂でよく聞くぜ?だから誰でも知ってるぞ」
「えー!困るよ、そんなの。勝手に噂しないでくれよ」
「ハハハハハ、そりゃ無理だな。有名になりすぎた自分を恨め」

スティールはがっくりと肩を落とした。
ようやく解放されたウィダーは慌ててスティールの背後へ逃げ込んだ。ボウッと立っていたらまた撫でられてじゃれられそうだったためである。

「ところでフィー。今、徴兵中なの?」

フィールードは一般兵の服装をしていた。

「ああ、そうだぜ。今年で終わりだ」
「何で町に?」
「ヤマイノシシが出たんだよ」
「あぁ成る程ね」

変な会話だとウィダーは思った。徴兵中ならどこかの軍だの砦だので仕事をするのではないのだろうか。村でうろうろしていて、しかもイノシシが理由とはわけがわからない。

「見つけたら教えてくれよ」
「まだ捕まってないの?判った」

フィールードは去っていった。
ウィダーはスティールたちの家へ歩き出した。
道中、スティールが教えてくれた。

軍人でない男は十代後半から二十代にかけて、各領主軍への徴兵がある。
特別な事情がない限りは、兵士として二年ほど働かなくてはいけないのだ。
あそこ、と指された先に小さな砦が見えた。山の斜面に面したところに作られた砦だ。

「あれ、砦だったのか。あんなとこに作って意味あんのか?」

言われなきゃ気づけないようなちっぽけな砦にウィダーは呆れ顔だ。スティールが頷く。

「早馬が来たとき、あの砦で馬を変えることができるんだ」
「それだけかよ…」
「自然災害が起きたときは、砦の兵たちが避難や救助を手伝ってくれるよ」
「…他には?」
「熊、狼、イノシシが山を降りてくることがあるけど、そいつらを退治してくれる」
「……」

平和な存在理由にウィダーは更に呆れた。何とものどかなところだ。

「あんたも徴兵があるんじゃないか?」

サフィールに問うとサフィールは首を横に振った。

「ない。薬師は特定職の一つだ」

薬師は一定期間、薬を無料で納めることにより、徴兵を免れることができるのだという。

「だからスティールもわざわざ軍人などならなくてよかったというのに」
「まだそんなこと言っているのかい?いいかげん俺のことは諦めてほしいんだけどなぁ…」

そんなことを言っているうちにスティールの家が見えてきた。
ごく普通の一軒家。ただし、入り口に古ぼけた木製の看板が見える。この世界共通の薬師の証である葉っぱのマークが彫られている。万能の葉と言われるペーネの葉を表しているのだそうだ。
家の中は所狭しと草や葉が並んでいた。床の上から、棚、天井までいろんな品が並んでいる。動物の骨、根っこ、枯れ草に若草まであらゆる品だらけだ。
意外と匂いが酷くないのは殆ど枯れているからであるらしい。

「おかえり、二人とも」
「ただいま。父さんは?」
「往診に行ったよ」

迎えてくれたのはスティールの母だった。
穏やかそうなごく普通の女性で、枯れた花のようなものを小さな布袋に入れている。ポプリだとスティールが教えてくれた。安眠効果があり、薬と同じように売れるらしい。今作っているのは雑貨屋に納品する分だという。

「お前も作れるのか?」
「もちろんだよ。ポプリは薬の調合より遙かに簡単なんだ」

薬師の子なら誰だって作れるよ、とスティール。
そこへスティールの父が帰ってきた。スティールよりも精悍な容貌でやや頑固そうな印象がある。髪は黒に近い褐色。どうやらスティールたちは母親似であるらしい。

「帰ったか。その子が嫁か?」
「ええと…そう、なのかな…?ウィダーというんだ」
「………似ているな。キルルだったか?おばさんの子は」

ちらりとサフィールを見ながらスティールの父は問うた。

「たぶんな。歳も近いし、可能性は高いと思う。この馬鹿がいつまでも気づかないから」
「…うーん、ごめん……けど覚えてなかったし…」
「先にラジクに会わせた方がよさそうだな。連れていけ」
「判った。ウィダー、ラジクのところへ行くよ」
「あ、ああ…」