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◆聖ガルヴァナの声(3)


ウィダーはスティールたちと共に南へ向かう乗合馬車に乗った。
王都からは各地へ向かう馬車が出ている。それらの馬車は一定額のチップを払うと気軽に乗せてくれるのだ。
乗合馬車は農閑期に多い。農民が小金稼ぎに行っていることが多いのだ。
今は農閑期というわけでもないため、平均額を支払い、三人は馬車に乗った。

「おい、お前大丈夫なのかよ?」

ウィダーは少し疲れた表情をしているスティールへ問うた。フェルナンやカイザードと揉めていたようだったが大丈夫なのだろうか。

「うん。まぁ大丈夫じゃないかな」
「本当かよ?」
「うん。カイザードは熱しやすく冷めやすいんだ。カーッとなりやすいけど、後を引かない。フェルナンは多忙だから、他のことに気を取られてしまって、時間が経ったらどうでもよくなってることが多い。記憶力がいいから覚えてはいるんだけれど怒りは冷めてることが多い」
「……ラーディンは?」
「ラーディンはそもそも怒らない。だから怒らせたら一番怖い。帰ったらちゃんと説明するから大丈夫だよ」
「へえ…」

いずれにせよ、ウィダーに出来ることはないようだ。
幌の外には移りゆく景色が見える。
物珍しさから眺めているとスティールに肩を叩かれた。

「それより眠っていた方がいいよ、ウィダー。君は王都を出て遠くに行くのは初めてだろう?すぐに着くような距離じゃないから意外と疲れるものなんだ。酔うこともあるからね、気をつけた方がいい」
「そうか、判った」

腕が伸びてきたかと思うと慣れた様子で抱き寄せられた。

「おやすみ、ウィダー」

どうやら肩を貸してくれるらしい。
そこまでしてくれなくても、と思ったが、思った以上に強く引き寄せられていて、抗うのも面倒だった。そのまま目を閉じる。不思議な安心感がウィダーを眠りに導いていった。



王都から離れるにつれ、建物の数は減っていった。
途中で人や荷を下ろしたり乗せたりしながら馬車は進んでいく。
そうして王都を出て三日目の昼、食事休憩を兼ねて、途中の小さな村に馬車は一時停止した。
小さな老婆が馬車に気づいてのんびりとやってくる。老婆は御者に問いかけた。

「薬は取ってきてくれたかね?」
「おうよ、キキばあさん。こいつだろ?」
「ありがとね」

お礼はお金ではなく鶏だった。驚くウィダーの横で御者の男は慣れた様子で鶏を鳥かごに入れ、幌の屋根の上に乗せた。

「あれは途中の街で売るんだよ。見た感じ若鶏みたいだから、食料品店で売れると思うよ。欲しいと思った人に呼び止められることもあるよ。だから幌の上に乗せるんだ。目立つから」

スティールが理由を教えてくれた。

「へえ……」

御者は老婆と何やら話をしている。老婆が去っていくと御者はため息を吐いた。

「うぉーい、水の印を持ってるヤツいるかぁ?テルマ川の橋が落ちちまったらしい」

馬車に乗っているのはスティールたちも含めて8名だった。
馬車の近くの木陰で休んだり、簡単な食事をしていた面々は顔を見合わせた。
まず首を横に振ったのは初老の男。
同じく幼女を連れた母親が首を横に振った。
俺は火だ、と言ったのは冒険者らしき中年の男。その連れらしい男も苦笑顔で風だと答えた。

「俺は緑。兄が水は持ってる。この子は違う」

サフィールが答えた。御者の男は困り顔になった。

「一人じゃ無理だな。しょうがねえ、回り道だ。一日ほど遅くなるが諦めてくれ」

サフィールとスティールは顔を見合わせた。

「距離は?」

スティールが問う。

「20mってとこか。だが急流で深い」

御者の男があきらめ顔で答える。
スティールは頷いた。

「大丈夫だ。行ってくれ」
「おいおい、無理だ。20mもの橋を一人でかけられるわけがない。あんたのために命を博打に賭けるわけにはいかねえんだ」

スティールは旅用の茶色のマントを脱ぎ、両袖を捲った。手の先から肩にかけて広がる上級印が表になる。右の手には紫竜の小手が填っているが、間からはっきりと広がる印が見えている。
周囲の驚愕の視線を受けながら、スティールは淡々と答えた。

「俺はスティール・ローグ。近衛第一軍副将軍を担う者だ。剣に誓って馬車を川の向こう側へ渡すことを誓う」