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◆風の刃(8)


当初の馬車よりずっと小さくみすぼらしい馬車。しかし徒歩よりずっと進むことが出来る。
しかし掻き集めても馬の数は少ない。自然と護衛の数も限られてくる。
当然ながらフェルナンは精鋭を護衛に当て、スティールは王女と同じ馬車に乗ることになった。護衛というより話し相手として選ばれたのである。
ラーディンやカイザードたちとは離れることとなり、数少ない護衛と共に王女の一行は小さな町を出た。
百名もいないような一行を敵が諦めるとは思えない。
しかしちっぽけな町に留まっていても事態は好転しない。小さな町はガルバドスとの国境に近すぎる。山を一つ越えるだけで着いてしまうのだ。日数も余裕がないので、進まざるを得ない。
スティールの予想は当たり、その日の夕刻、王女の一行は襲撃を受けた。



襲撃だという叫び声と同時に馬車のスピードが変わった。
スティールと王女、侍女が乗る馬車は猛スピードで進んでいく。襲撃を受けたというのに不思議に行く手には邪魔が入らない。四頭引きの馬車は六頭引きほどではないが、十分に安定したスピードで走り続ける。剣撃の音や印を使った波動はみるみるうちに遠ざかっていった。

「さすがは『知将』の片腕と言われる男だな。それとも『知将』からの指示か?」

興味深そうに呟くのは紫竜ドゥルーガ。小手から小竜姿に変化し、いつものようにスティールの肩に乗った。

「だが、この策が諸刃の刃であることは確かだ」
「ドゥルーガ?」
「幻術と囮を使ったんだろう。思ったより護衛が減っていない。きっちりこの馬車についてきている」
「幻術。水と風と炎の合成技だったっけ。高度な印の術だったよね」

そんなのが使えるなんて、近衛騎士たちはさすがだなとスティールは感心した。しかし囮とはどうやったのだろう。馬車は一頭しかないというのに、他にも馬車を用意していたのだろうか。

「馬車は幻術で生み出したんだろう。囮は護衛の方だ」
「護衛?」
「お前の相手は残っている。フェルナンは自分自身を囮に使用したんだ。敵は当然副将軍である男がいる方の馬車を本物だと錯覚したのだろう。作戦はまんまと成功したというわけだ」

策が諸刃の刃だとドゥルーガが言った意味を悟り、スティールは青ざめた。

「ドゥルーガッ…フェルナンを…!」
「行かないぞ。俺はお前の武具だ。お前から離れる気はない。お前が行くなら俺も行くが」

基本的にドゥルーガはスティール以外に関心がない。フェルナンはスティールの相手だから無関心というわけではないようだが、それだけだ。
王女の護衛である以上、スティールが王女から離れるわけにはいかない。王女かフェルナンか。スティールは唇を噛んだ。



どうすることもできないまま、馬車はどんどん進み、必然的にフェルナンとスティールの距離は遠ざかっていく。
フェルナンがつけた精鋭たちは優秀で、命令を忠実に守り、戻る気配は全くない。
一行は夜も更けた頃、次の街へたどり着いた。街にはグラスラード国の援軍が待っていた。伝令から連絡を受けて駆けつけたという騎士隊は先発隊だという。明日には正規軍である本隊が王女のために駆けつけて来るという。スティールは安堵した。

「王女、すみません。俺は命令違反します」
「…どうしたの?」
「俺はフェルナン様を助けに行きます。申し訳ありません」
「一人で行く気なの?駄目よ。明日になったら軍が来るらしいわ。それまで待ちましょう?」
「明日来る軍は貴方の為の護衛です、姫。フェルナン様をお助けするための軍ではありません」

それが現実なのだ。王女は表情を曇らせた。
「彼等には私が命じます。ですから…」
「姫、明日来る軍はグラスラード国王から貴方の護衛を命じられた軍でしょう。生憎貴方のご命令は聞き入れられないと思います。姫、王都までご一緒できなくて申し訳ありません。貴方の幸運をお祈り申し上げます」
「駄目よ、死ぬわ。一人じゃ七竜の使い手でも無茶だわ」

そうだろうなとスティールは思った。けれどフェルナンはスティールの相手なのだ。

(ますます呆れられるか嫌われそうだ…)

命令違反して助けに行くことなどフェルナンは望んでいないだろう。ヘタしたら足手まといかもしれない。けれどもただ黙って動かずにいることもできない。

「貴方には他の運命の人もいるでしょう?その人達はどうするの?」

王女の問いにスティールは顔をしかめた。痛いところを突かれたという気分だった。

「…それでもフェルナン様を放っておくことはできません」
「スティール、駄目よ、死ぬわ」
「フェルナン様の運命の相手は俺だけです。せめて俺だけはあの人を助けに行きたいと思います」

王女は俯いた。

「そう……止めても無駄なのね。貴方の無事を祈っているわ」

ありがとうございます、とスティールは頭を下げた。