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◆風の刃(7)


翌日、別の騒ぎでスティールは叩き起こされた。
出てみるとフェルナンだった。ラーディンと同室だったため、自然と一緒に寝ていたスティールは内心慌てた。知られて困ることではないが、他人に好んで見せたい場面でもない。

(気づかれたかな…?み、見られたかな…?)

フェルナンは全く気にした様子なく、部屋へやってきた理由を説明した。

「王女が部屋から出てこられない。酷くショックを受けておられたから、早まったことなどされておられないか心配だ。様子を見てきてくれないか?」
「俺が…ですか…?」
「他の者はすでに試した」

返事すらろくに貰えなかったとフェルナンは苦笑顔だ。

「すでに予定の行程を遅れていて、婚儀の日程が迫っている。国を挙げての大行事だから極力遅らせたくない。グラスラード側も迎えを送っているはずだが、まだ来ないということは何かあった可能性が高い。一箇所に留まっているのは危険だ」

同じ危険ならさっさと発ちたいと告げるフェルナンにスティールは頷き返した。


++++++++++


王女が使用しているという部屋は固く閉ざされていた。

「閉まってるなぁ…」
「手荒なことは極力したくない。王女は酷く怯えておいでだ」

フェルナンの言うことももっともでスティールは頷いた。

「判りました。普通に開けます。……ドゥルーガ」

紫竜は小手姿から一瞬にして紫色の液体に変化した。そのまま扉の隙間から入っていく。数秒後、かちゃりと鍵が開いた。

「スティール?今のは?」

さすがに驚いた様子でフェルナンが問う。

「はい。丁寧に鍵を開けました」

鍵を壊さずに開けたのだから手荒じゃないはずと思いながらスティールは答え、ドアノブを回した。ちゃんと開く。

「失礼します」

開けた後に扉を叩いてノックをし、スティールは中に入った。

「スティール。開けた後にノックをするんじゃ意味がない。しかも姫の寝室に許可なく入るなど…」
「そうですか、すみません」

もう入ったから手遅れだろうと思いつつスティールは大きな寝台の方へ向かった。上質だが王女が寝るにはあまりにシンプルすぎる寝台に小さな頭が見える。
小さな町なので王族や貴族が泊まるのに相応しい部屋が用意できるはずもなく、町長の館の一室を借りたのだ。

「姫、おはようございます。スティールです。ここだと危険らしいので急いで行きましょう」
「……また危険なの?いや、嫌よ…」
「大丈夫です。またスティールがお守りします。馬車もご用意しました」
「……でもまた危険なんでしょう?」
「どこにいても危険らしいので、さっさと王都へまいりましょう」

答えてしまった後、これでは冷たく聞こえるかも知れないとスティールは反省した。

「すみません」

不器用な言葉は返って王女の心を動かしたらしい。王女は体を起こした。

「…運命は意地悪だわ…」
「そうですね」
「貴方には優しいと思うわ。七竜がいるじゃない。複数印も持っているし」
「そうかもしれません」
「私、本当は嫁ぎたくなかったの。ずっとお城で暮らしたかったわ」

幸せだったの、と王女は呟いた。

「俺も騎士になりたくありませんでした。ずっと故郷で暮らしたかった」

スティールの淡々とした呟きに王女は瞬きした。

「貴方は立派な騎士だわ。私を助けてくれました。10人以上いた敵を貴方が一人で倒したと聞いたわ」
「ラーディンと紫竜ドゥルーガもいました」
「でも敵は貴方が殆ど倒したのでしょう?」
「彼等の助けがありました」
「……立派な騎士なのに…」
「姫。貴方も立派な王女です。国のため、望まぬ婚姻を受け入れていらっしゃいます」
「……」
「俺も騎士になりたくなかった。けれど騎士になり、貴方に立派な騎士だと言ってもらえた。俺は複数の印などいらなかった。けれど持っていなかったら騎士にならなかっただろうし、運命の相手に出会えず、貴方もお救いできなかったでしょう」
「……」
「なりたくなかった。望んでいなかった。けれど悪くない、そう思う自分がいます。望むばかりが運命ではないのかもしれません」
「…そう…」

しばらく部屋に沈黙が落ちた。

「…着替えるわ。メリーを呼んで」

スティールは頷き、部屋の外で待っている侍女を呼んだ。



部屋を出るとしかめ面のフェルナンが待っていた。

「全く無茶をするな、君は。本来なら懲罰ものだぞ」

王族の寝室へ返事を待たず入るなど、とさすがに呆れ顔のフェルナンにスティールはそうかもしれないと思った。しかし他に手段が思いつかなかったのも確かだ。

「非常事態なので特別に見逃してやろう。しかし次はないよ」

判りましたとスティールは頷いた。

「君は望まぬ運命の中、私に出逢ったことを幸運と思っているのかい?」

スティールは思わぬ質問に驚いた。次いで先ほどの会話をフェルナンが聞いていたことに気づいた。

「あまり思っていません」

あまりにレベルが高すぎる相手で困惑してるのは確かだ。

「正直だな。騎士にならない生活に戻りたいと思っているのかい?」
「戻りたいとは思いません」

今更薬師に戻りたいとは思っていないのでスティールは正直に答えた。

「ではこのまま騎士を続けると。望まぬ運命を受け入れ続け、ただ流れ流されて生きていくのかい?」

フェルナンの表情は穏やかだがその眼差しは鋭い。スティールは自分が試されていることに気づいた。しかし模範解答など思いつかない。そして嘘を答えてもフェルナンなら見抜くだろう。スティールごときに騙されてくれる相手とも思えない。

「ずっと騎士でいるつもりはありません」

フェルナンの眉が動く。スティールはその眼を見つめ返した。

「近衛軍には俺の相手達がいます。だからこの道を選びました」
「友のためというわけか。自ら選んだ選択ではないと。甘いな。そんな生ぬるい綺麗事を言いながら進めると思っているのなら今の内に辞めることだ。そうすれば私も運命の相手を失わずに済むからね」

スティールが返答に迷う間にフェルナンは去っていった。