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◆風の刃(2)


「スティール、近々任務があるぞ」
スティールが第一軍の本舎へ戻るとスティールの直属の上官に当たる騎士コーザがそう告げてきた。
コーザは27歳になる働き盛りの騎士だ。黒髪黒目、中肉中背の彼は体格的にはスティールと大差ない。しかし日に焼けた筋肉質の体は力強さがあり、実力ある騎士であることを感じさせる。コーザとスティールは士官学校時代に知り合うきっかけがあり、配属先が彼の部隊であったことはスティールにとって幸運であった。

「任務の内容はどういうものですか?」

スティールが問うとコーザは誰かに貰ったらしい、やや不格好な花束を片手に眺めつつ答えた。

「ララ姫の護衛だ」

ララ姫は国王の四女に当たる16歳の王女だ。西のグラスラード国の王子との婚姻が決まっており、このたび嫁ぐことになっていた。

「何名ぐらいで護衛するんですか?」
「俺たちが所属するクロー大隊とナイム大隊、ブレンディス大隊の三つだ。約三千だな。まぁ他国を刺激するわけにもいかないから国境まではこれだけで向かう。グラスラード国内からは王都まで同行するのはクロー大隊内の俺とラオの2つの中隊のみだ」
「最後は500名ぐらいしかいかないんですか…」
「当然だ。あちらさんだって王都まで何千もの兵を連れてこられても気分が悪いだろう」
「…なんで第一軍が担当になったんですか?」

素朴な疑問だったが、コーザは笑いながら答えた。

「一番何もしてないからさ。近年、大きな戦いにでてないのはうちだけなんだ」

なるほど…とスティールは思った。


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「見事なブーケだな。誰に貰ったんだ?」
フェルナンは同じ第二軍副将軍のグリークに問われ、卓上へ飾った花へ視線を向けた。青を基調とし、アクセントに白と桃が入り、大きめの葉で周囲を縁取った花束はセンスがよく、作り手の腕のよさを感じさせた。

「もちろん私の相手からさ」

騎士は立場上、どうしても花束を貰いやすい。そのため特別な間柄以外の相手からの花のやりとりは禁じられている。そうしないと将軍職に当たる騎士などは花で埋もれてしまうことになりかねないからだ。
そういう意味では文句なしに『特別な相手』である『運命の相手』からの花束にフェルナンは新鮮味を感じていた。フェルナンなどは毎年山ほど花束を貰いそうなものだが、そういった事情により、近年花束を貰ったことがなかったのである。
フェルナンはセンスがいい男だ。自分の容姿をよく知っていて、容姿に合う服の選び方やしゃべり方をする。少し癖のある柔らかな亜麻色の髪は軽く後ろにながし、堅苦しくなりすぎない程度に騎士服を着崩している。穏やかな物腰は軍の内外を問わずに人気があり、副将軍という地位でそれなりに名も知られている。
センスがいいだけに彼は物を見る目が養われている。スティールからの小振りながらも繊細な作りの花束はフェルナンの眼に合格した。紫竜と作ったという小剣も細工といい、質といい見事な物で、フェルナンは非常に満足した。
花束はレベルの高さから考えると購入品だろう。しかしプレゼントの選びはなかなか大したものじゃないかとフェルナンは思った。相手が士官学校を卒業したばかりのひよっこであることを考えれば将来が楽しみだ。
そんな上機嫌なフェルナンへ皮肉混じりの声をかけたのは彼の上司であった。
第二軍将軍ニルオスは艶のない灰色の髪を掻き上げつつ、眼を細めた。そうすると元々眼が細いのでほとんど眼が見えないように見える。

「そのお前さんのお相手だが、ララ姫の護衛になるようだぞ」

フェルナンとグリークは顔を見合わせた。

「グラスラード国行きか」
「まぁ妥当じゃないか?第一軍は最近王都守護ばかりで出番がなかったからな」

老シオン将軍の第一軍は近年大きな戦いの場に恵まれなかった。

「何事もなかったらいいがな?」

ニルオスの指がコンコンと卓上を叩く。それはニルオスが策を練ったり深く思考している時の癖だ。知将と名高い彼は頭脳だけで軍を登り詰めたと言ってもいい人物だ。彼が深く思考しているときは何かがある。フェルナンは眼を細めた。グリークが先に問うた。

「何か問題でもあるのか?」

ニルオスは即答しなかった。皮肉屋の彼は『性格は最悪だが頭は最高』という評価を内外から得ている人物である。

「…さて。とりあえず今打てる手はねえからな。見守るしかねえさ。だが俺は『何もねえ』とは思えねえけどな」

何とも不穏な言葉にグリークとフェルナンは顔をしかめた。しかし打てる手はないとニルオスが言うのであれば本当に打てる手がないのだろう。もしくは今は何もしない気か。ニルオスは得にならないことには手を出さない主義だ。
得たばかりの運命の相手を思い、フェルナンは卓上の花束を見つめた。